臨也が死んだ。
静雄が殺した。
この2つは紛れもない事実として目の前の2人…いや、もう1人とひとつと言った方がいいのだろうか、そんな彼らにのしかかる。
診療所をかねた自宅マンションの玄関先で臨也を抱えた静雄を見たときは驚いた。何せ1人は首が宙ぶらりん。もう1人は死者が起き上がって来たみたいに何も映さない目で突っ立ってたんだから。
「…し、ずお?」
「……。」
「…ねえ、それ、どうしたの。臨也?ねえ…っ!セルティ、運ぶの手伝って!早く!」
ありえそうで有り得なかった状況をようやく飲み込み始めたらしい頭で臨也の状態を確認し焦る僕を見て、静雄の何も映していなかった目が僅かに揺らぐ。
「俺が、」
「え?」
「俺がやった。」
これがかつての彼らなら「とうとうやったか」位の感想で済んだだろう。
しかし僕は知っている、彼らは紆余曲折を経て今は付き合っている筈なのだ。彼らは幸せそうに寄り添っていて、俺はそれをみてなんとなく安心していた。なのに、なぜ―…
「別に、殺したかった訳じゃねえんだ。」
淡々と、ただ淡々と静雄は語る。
「違うんだ、俺は、少し照れくさかっただけなんだ。軽く、軽く叩いただけなんだ、なあ新羅、臨也、臨也は。」
虚無感を涙の代わりに瞳いっぱいに溜めた静雄に言葉を失う。
化け物じみた身体を持つ彼はどうしようもなく人間だった。
愛する物を悪気なく殺してしまうというのは、どんな気持ちだろう。
たとえば猫を抱きしめて窒息死させてしまうような、蝶を撫でようとしてつぶしてしまうような。それは、どんな気持ちだろう。
埋められない力の感覚の差が引き起こす悲劇。
同種であるはずの人間を、愛する恋人を、臨也を。そうやって殺してしまったらどんな気持ちなんだろう。
少なくとも一般的な人間である私に、そして恐らく一般的には人間にカテゴライズされないセルティにすらも解ることではない。
「…俺が、化け物だったから、悪かったのか、な。」
そう呟く静雄の目には涙どころか何も浮かんでいなかった。
臨也は死んだ。
静雄が殺した。
静雄は死人のような、廃人のような、狂人のような。そんな何も映さない目をしていた。
死んでいる筈の臨也より、よっぽど死体みたいだった。