W.V.D/京流
仕事帰り。
言うてももう朝。
清々しい程、晴れた空に舌打ちをしてタクシーを降りる。
まだ家に帰って寝れるだけマシって状況のアルバム作り中。
疲れた身体を引き摺りながら、欠伸を噛み殺してエントランスを抜け、エレベーターで最上階へと上がる。
見晴らしがえぇからって選んだ部屋は、エレベーターがあるとは言え移動がめんどい。
特にこんな疲れた日には。
でも、最上階フロアは部屋数が少ないから他の住人に干渉されんで済むし、楽。
男の2人暮らしやし、帰宅時間まちまちやしな。
最上階へ着いて、ダラダラ歩きながら鍵を取り出す。
今日はるきおったっけ?
昨日の夜、帰る言うたのに帰ってへんけど。
まぁアイツも何やライブがあるとかで忙しそうやしな。
鍵を開けて、扉を開くと部屋ん中は暗くてひんやりしとって。
るきのブーツも無いし、やっぱ仕事か。
靴脱いでサングラスを外しながらリビングへ行く。
カーテン閉めとるから部屋ん中は暗いけど、すぐ寝たいからそのままにして。
水飲みたい、そう思ってキッチンの方へ行くとテーブルに何か置いとった。
「………」
凄い気持ち悪い程カラフルな色した瓶に入った…何これ?
丸い…飴か何かか。
それと、隣にるきの独特の文字で書かれた手紙と。
何となく、瓶を開けて一つ摘まんで食べる。
やっぱ飴やった。
口ん中に、甘い味が広がる。
疲れとったからか、それが美味しく感じた。
るきの手紙を持って、読みながら冷蔵庫を開ける。
手紙にはお疲れ様やら何やら書いとって。
『冷蔵庫に飯入ってます』
『今日はホワイトデーなんで、キャンディー買って来ました』
『疲れた時とか、煙草吸うより甘い物がいいですよ』
そんな事をつらつら書いとって、冷蔵庫ん中にはラップされた飯が入っとった。
後で食お。
腹減っとるけど、今は寝たい。
他にお菓子みたいなんがゴチャゴチャ入っとるけど、何こんなにまた買っとんねん。
冷蔵庫から水を取ってリビングへ向かおうとした、ら。
シンクの隣にいつもは無い異様なモンが。
と言うても確か先月見たよな、コレ。
バレンタインの日に。
何かチョコレートが噴水の様に流れて来るヤツやった気ぃする。
またるきはホワイトデーやからってこれやる気やな、今日の飯に。
残念ながら、僕はまた出てくし晩飯には戻って来んで。
ホンマにアホや、るき。
溜め息を吐きながらリビングに行って、ソファに座って口ん中に入れとった飴を噛み砕く。
甘ったるくなった口内に水を流し込んで。
あーもうソファに座ったら立ちたく無い。
眠い。
背凭れに頭を置いて、目を瞑る。
身体が泥の様に重い。
このまま寝たら、帰って来たるきがギャーギャー煩いんやろな。
風邪引くとかどうとか言うて。
薄く目を開けて、るきが書いた手紙に目を通す。
ホワイトデーって、僕何もやっとらんやん。
るきがくれたチョコ、僕のモンの筈やのにるきもよう食っとったけど。
るき独特の文字で。
最後に書いとる言葉は、何年経っても変わらん言葉で。
アホかって思うんと。
その言葉を見る度に安心する。
一ヶ月前の事もあるし。
目に見える傷はもう無くなったけど。
そう思う自分に舌打ちをして、手紙とペットボトルの水を持ったまま立ち上がる。
ベッドで寝よ。
何時に起きたらえぇんやろ。
そんな事を考えながら、寝室へ向かう。
何となく、最初のを取ってもうとったから。
るきの文字が書かれた紙は何枚目になるやろか。
適当に、サイドテーブルの引き出しへとしまう。
水を置いて、上着を脱いで。
ついでに上半身だけ裸んなる。
そのまま布団の中に潜った。
シーツの冷たさが肌に触れて気持ちえぇ。
不意に、るきの側の香水が鼻先を掠めた。
盲目的なるきの『愛してます』が。
僕にとっての居場所。
目を閉じて、その匂いの中意識を手放した。
終
20110315
[ 83/442 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]