罪悪感は舌に溶けた/京流
京さんの誕生日の次の日。
仕事に行くまでの時間、京さんも準備をしてて。
鏡の前で、ヘアアイロンを使って髪の毛を綺麗に伸ばす。
カラーしまくりだし、毎日の様にアイロンで伸ばしてっから傷みまくってんだろうなー。
ヘアメイクさんに色々教えて貰ったケア用品また買いに行かなきゃな。
「……。はー…」
ヘアアイロンをやり終えて、そんな風に無理矢理考えてたのを鏡に写る自分を見て溜め息。
今日はお互い、ほぼ無言で昨日食いっぱぐれた飯で朝食を食べ終えて。
髪をセットしながら、自分の顔を鏡で見つめる。
どうしよ。
殴られた所、青アザになって来てるし。
コンシーラーとファンデーションで隠せるかな。
まだちょっと口動かすと顔が痛ぇけど。
今日歌録り無くてよかった。
自分の顔を見つめながら溜め息を吐いて。
どうしようか思案してると、鏡に京さんの姿が写る。
鏡越しに目が合って、京さんが近づいて来る。
京さんも洗面台使うのかと思って、横に退こうとする俺の腕を京さんが掴んだ。
そうされるとは思わずに、少し驚く。
「…どうしたんですか?京さん」
「……」
「…京さん?」
「痣、」
「え?」
「痣、残ってもたな」
そう言う京さんの親指が、俺の口の端の青アザをなぞった。
その手付きが優しくて、昨日とのギャップが激しい。
でも、こっちも京さん自身で。
「え、…あー、大丈夫です。ファンデで隠せると思うし」
「隠してくん?」
「…メンバーも理由聞きにくいと思うんで。あんまあからさまにそのままにしていくのも」
「ほうか」
「……」
昔の京さんだったら、殴った俺を見ても鼻で笑うか。
汚い物でも見る様な視線を向けて来たのに。
今は、俺の顔の傷を見て京さんの方が痛そうに顔を歪ませる。
それは、俺自身に向けられた謝罪の意味なのか。
自分がやってしまった事が目に見えての罪悪感なのか、俺にはわかんねーけど。
でも、昔と違うのは京さんの、俺に対しての感情だから。
俺はそれだけでも幸せです。
だから似合わない顔しないで下さい。
俺は何処にも行かないから。
そう思って、京さんの身体に腕を回して。
ゆっくり唇を重ね合わせた。
優しいキスに、昨日までの出来事なんて嘘の様で。
「るき」
「…はい」
「……」
「……ッ、」
唇を離して名前を呼ばれても、京さんは何も答え無くて。
京さんの舌が、俺の青アザがある口の端を舐めて来た。
ゾクゾクした感覚が、背中を這い上がる。
京さんがつけてくれた傷なら、どんなのだって受け入れて来た。
理由を全然話してくれなくても。
それが寂しくて、どうしようも無いんだけど。
京さんから言ってくれないから、俺が聞いていいのかもわかんない。
「…あの、京さん、ジッポって…」
「捨てろ」
「…はい」
「もう僕のモン触んな。必要な時以外」
「…すみませんでした。勝手に」
「──別に。もうえぇけど」
「はい」
あれは何ですかって、聞きたかったけど。
聞いたらダメなんだろうな。
京さんは、俺の肩に額を置いて目を瞑る。
その京さんの背中に腕を回して抱き締めた。
言いたい事はたくさんあったけど、開いた口を閉じて言葉を飲み込んだ。
過去の事を、頭の中で振り返る。
そんな昔では無かった時も。
あぁ言う事はあった。
もしかしたら京さんの誕生日は、京さん自身にとってトラウマが強いのかもしれない。
ねぇ、京さん。
大好きなんです。
全身全霊で貴方を。
全部知りたいって言うのは俺の我儘ですか。
一緒にいても、時々寂しい。
終
20110221
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