壊されたくない平穏/京流
るきと過ごす時間。
何だかんだで、事務所も違うのに同じ時間を過ごす事が多かったりする。
大概、夜中になるけど。
夜中やと帰って来てすぐ寝るか、今日の様に僕はDVD観るか。
途中で帰って来たるきは、最初から観てへんから内容わからんやろにソファに座る僕の左隣に腰を下ろした。
「…なぁ、るき」
「何ですかー」
「近い」
「そうですね」
「…いや離れろって言うとんやけど」
「えー」
「えー、って」
僕の隣に座るるきは、僕に身体を預ける勢いでくっついて来とって。
少し身体をずらして、るきの身体を押し返そうとしたけどるきは離れへん。
しかも、DVD途中からしか観てへんから飽きたんか知らん僕の左手に触ったりして見とる。
もうお前寝ろ。
「ちょぉ、うっとしぃ」
「あっ」
「邪魔」
「………」
「………」
るきの手を払って、テレビの方に意識を向けようとしても。
るきは変わらずくっついて来て。
もうめんどいわー。
何だかんだで映画の内容入って来んやんか。
画面では女の人が切り刻まれとった。
自分で切るんはえぇけど、人にされるんは嫌やなーとか。
まぁ今は自分でもせぇへんけど。
そんな事を考えながらボーッと観る。
るきの指が、僕の手首を撫でて来て若干擽ったい。
「…京さんの、ほとんどなくなりましたね」
「……」
僕の左手首の内側を見ながら呟いたるきが、何を言おうとしとるかはわかった。
時々、るきはこうして僕に甘えて来て。
僕の昔の傷跡を撫でる。
もうほとんど、刺青で見えへんけど。
「…そんなん、いつまでも残っとらんやろ」
「よく見ると痕は残ってるんですよー。いっぱい」
「ふーん」
「……」
るきは、僕の手首を撫でながら目を細めて見下ろしとった。
懐かしいな。
嫌な思い出しかないけど。
るきにとっても。
「京さんの身体、ライブ中に付けた傷がうっすら浮き上がってるんですよね。それがイイって言うか」
「…え、意味わからんのやけど」
「何か…懐かしいなって。今はやってないし」
「なん、今もやった方がえぇの」
「うーん…そう言う訳じゃないですけど」
「なら何」
「や、この傷があったから京さんが京さんだったんだなぁ…って思ってるんで、時々、そう思って不思議な感じなんですよね」
「……」
るきの目は昔を懐かしむ様に細められて。
わかる様で、わからん様な。
るきの言葉。
ライブでの表現の仕方。
プライベートでの吐き出す場所。
僕が僕である証。
喉元過ぎれば、とか言うけど。
僕がるきにやって来た事を僕ははっきり覚えとって。
やられた方のるきも、僕以上に覚えとる筈やのに。
何も覚えてませんって顔して僕の隣におるんが、最高に馬鹿で、そう言う所がかわえぇと思う。
やから、傍に置く事にした、気がする。
血まみれやった僕の手首を舐めとったあの時の様に、るきの唇が僕の手首に触れる。
もう血は出てへんし、そうする必要もなくなって。
生暖かい感触が手首に広がる。
るきの手から手を抜いて、勝手な事するるきの唇を親指でこじ開けた。
「……ッ、」
「何しとん」
「ん゛…っ」
「僕が言うてへんのに、勝手な事すんなや」
「きょ、」
親指で、るきの口内を弄ると眉を寄せた顔をして舌が親指を押し返そうとして来た。
はは。
不細工な顔。
生温い舌も、青アザばっかの顔も、今は何事も無かったかの様に綺麗になって。
確かに懐かしいかも。
あの時のるきは、馬鹿で惨めで。
何より必死やったな、僕に。
るきの顔をじっと見つめて、口ん中に突っ込んどった指を引き抜いた。
「ッはー…、もう、苦しいじゃないですか京さん!」
「はいはい」
「DVD観てて下さい」
「るき邪魔するやん」
「しません。次は刺青見てるんで」
「…キモー」
「うわ、ちょ、俺の服で拭かないで下さい!」
るきの唾液がついた指を、るきの服で拭う。
るきは焦った様に僕から少し距離を置いた。
その姿が笑えるわー。
つーか。
結局DVDちゃんと観れへんかったから内容わからんくなったやんか。
るきの所為で。
また懲りずに僕の腕を見とるるきは馬鹿やけど。
なぁ、この生活が慣れた僕には。
僕が口に出さへん事を思ってします。
それと同時に、アイツの事も。
僕の傷や、るきの青アザの様に。
全て記憶が消えたらって。
そう、思う。
「京さん左手の甲には刺青彫らないんですか?」
「彫らん」
「そうっすか。俺も何か彫りてーなー。俺ライブでも脱がないんで『京虜』とか」
「バックでしたら萎えるからヤメ」
「あは、『生涯京虜』とか」
「短い生涯になんで」
「いいと思うんすけどねー。京さんに誓う愛!みたいな」
「いらんわアホ」
裏切らんと、傍におるだけで、
終
20110209
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