いい夫婦、願望/京流
最近は比較的家に滞在しとる時間が多くて、るきと過ごす時間も多くなった。
まぁ家で出来る仕事もあるし、今の時代しゃーないんやろけど。
でもるき仕事が押したとかで3日間ぐらい帰って来ん時あったなぁ。
そんな事を思いながら、リビングのテーブルの上に置いたパソコンにかじり付くるきの後ろ姿を見る。
僕はソファーに座ってパソコンいじるんやけど、るきはソファーを背凭れに床に座ってパソコン操作するのが癖。
視線を逸らして自分のパソコン画面に目をやると、るきが腕を上げて伸びをしたのが視界の端に入った。
脇に置いたiPhoneをチラッと確認して操作する。
したら、もう集中力切れたんか首を後ろに倒してそのままソファーに頭を預けた。
下を見ると、家でのるきの素っぴんメガネ顔。
そんなるきと目が合った。
「…京さん、何か飲みます?」
「お茶」
「はーい」
立ち上がったるきはキッチンの方へと消えて行って。
冷蔵庫開ける音や、グラスを用意する音が後ろから聞こえて来た。
「京さん、どうぞ」
「どーも」
グラスに注がれた烏龍茶を持って来たるきは、僕に手渡してから隣のソファーに座った。
休憩するらしい。
烏龍茶を一口飲んで、パソコンを閉じる。
あーだる。
ずっとソファーに座っとるんも疲れるわ。
「…何か今年って暑くないですか?」
「あー、せやね」
「炬燵いつ出そうか迷ってるんですよねー」
「まだいらんしな」
「服も迷いますよね」
「昼間暑いなぁ」
「朝と夜は寒いっすね」
ソファーに身体を預けたるきと、茶飲みながらダラダラと会話。
取り留めの無い事。
いつもの事。
「あ、そして京さん、今日は11月22日で『いい夫婦の日』ですよ」
「…………」
そんで、また何か言うて来るんもいつもの事。
ようそんなゴロ合わせ覚えとるな。
毎年毎年言うとる気がする。
「って事で、そろそろ結婚しませんか」
「………何言うとん」
「俺と何年も暮らしてるんで、もう内縁みたいなもんじゃないですか」
「…じゃーそれでえぇやろ」
「だって京さんが先に居なくなった時、俺には何の権利も無いんですもん」
「勝手に殺すな」
「京さんは100歳になってもステージ立ってそうな気がしますね」
「………」
「京さんとお墓まで一緒になる権利下さい」
「墓まで付いて来るんか」
「そりゃ当然です」
「煩そう」
「京さんと話したい事いっぱいあるんです」
るきの言いたい事はわかるけど。
男同士、結婚なんて出来んのはわかっとるし。
結婚の意味を成す事もわかっとる。
音楽に身を埋めて、るきと一緒になって、結婚なんて事考えたりはせんかったけど。
「お前が先におらんくなるかもしれんやろ」
「京さん残して居なくなりませんよ」
「わからんやん」
「京さんを1人にはしないんで」
「ふーん」
そんなん、これから先どうなるかわからんやん。
信用しきれんくて、離れていくるきを『やっぱりな』って思いたい気持ちと、離したくない思いが共存しとる、僕の悪い癖。
僕の方へと身体を向けて、半身をソファーに預けた格好のるき。
何度か聞いた、結婚の言葉。
「……あと、戸籍上で繋がって、京さんを逃したく無い、です」
「…お前ってホンマ痛いな」
「わかってます。頭おかしいぐらい好きなんです、京さんの事」
「知っとる」
何年も一緒におるんやから。
そんでるきを見て来とるんやし。
「……前も言うたけど、僕は家庭に入る奴がえぇから」
「…わかってます」
「やから、お前が何の悔いも無くやり切った時、考えたるわ」
「ありがとうございます。歳取っても宜しくお願いします」
「はいはい」
嬉しそうに笑ったるき。
ガラステーブルにグラスを置いて、僕の方に抱き着いて来た。
お前烏龍茶溢れるやろが。
首元に擦り寄るるきの自由にさせたった。
何年後かわからん、不確かな約束。
そんな事、僕やったら信用出来んくて何も嬉しく無いけど。
今。
るきと一緒におるこの瞬間は確かなもんやから。
この時の僕は、そう思っただけ。
「好き、京さん」
「うん」
夫婦には程遠い形でも。
逃したく無いのは、僕も。
抱き着くるきの身体に片腕を回して、間近にあるるきの肌。
るきの匂い。
なぁ、僕を信用させて。
終
20201122
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