ブルームーン/京流
一緒に過ごす月日が長くなるにつれ、俺と京さんとの関係は昔に比べるとそりゃ良好で。
良くも悪くも『慣れ』が生じたんだと思う。
今だに時々怖い時あるけどね、京さん。
多分触れられたくないんだろうなって事がありそうで。
むやみやたらと自分の感情を吐露する事がない京さんの、心を占めてる出来事は何なのか。
時々、嫉妬してしまう事があるけれど。
それでもやっぱり、今の一緒にいるのが当たり前になった状況は、俺にとったら幸せな事。
憧れと愛情と情が複雑に入り交じって形成されたこの感情を持つ俺を、傍に置く京さんの心情までは計り知れないけど。
俺のする事を『いつもの事』って嫌々ながらも了承してくれる京さんの慣れた空気感が、とてつもなく、好き。
「京さん京さん、今日はブルームーンらしいですよ」
「ふーん」
「ちょ、もっと興味持って下さい」
「逆に何でお前はそんな天体に興味を持つんか謎」
「え、夜空って綺麗じゃないですか?」
「別に」
「朝焼けとか夕焼けとか、中途半端な時間帯の空も好きなんですけど、意味があるのって大体夜空だったり月だったりするじゃないですか」
ソファに座って、携帯をイジっててネットでブルームーンの記事を見つけて隣に座って、買い溜めしてる映画を観ながらアイスコーヒーを飲む京さんに話し掛ける。
仕事終わって一緒にご飯食べて、寝るまでのこの時間。
他愛ない話したりDVD観たり、曲作りが佳境に入ったりツアーあったりすると全く取れなくなるこのフリーな時間が好き。
「この窓から見えますかねー」
立ち上がって、一面窓ガラスになってるバルコニーに繋がる窓のカーテンを開ける。
夜景が良く見える最上階からの眼下に広がる景色は綺麗。
都会の夜空はあまり星が見えないけど、月ぐらいなら見える。
「あ、京さん月見えますよ」
「っさいな、呼ぶな。こっからでも見えるわ」
「あ、マジですか」
京さんを手招きしても来てくんねーから、自分もまたソファに戻る。
あ、確かにこっからでも窓から月が見える。
普段と変わらない、満月。
「ブルームーンで1ヶ月に2度、満月が来る事らしいです。だから『見たら幸せになれる』って言われてて」
「…別に普通の満月やん。何でブルームーン」
「あー…ホントはそのまま『青く見える月』の事だったらしいんですが、それが『非常に珍しい事』を英語で『ブルームーン』って言う様になって、『1ヶ月に2度満月が巡ってくる事』もブルームーンと呼ぶようになった、らしいです。受け売りですけど」
「何や無理矢理のこじつけか」
「それ言ったら身も蓋もないですよー」
笑って、弄ってた携帯から顔を上げて京さんの方を見たら、京さんはアイスコーヒーを飲みながらこっちを見てた。
ちょっとドキッとすんじゃん、いつもは流す癖に。
「…3年に1回ぐらいの周期らしいんですけどね。見えたから幸せになれますよ」
「何や、月でも見な幸せになれんのかい」
思いの外、穏やかな京さんの表情に急激に甘えたい衝動が駆け巡る。
京さんの刺青まみれの腕に手を置いて身を寄せる。
「ちが、…今でも十分、幸せです」
「ほうか」
京さんの肩に額を寄せて言うと、振り払うでも無く、抱き寄せるでも無く。
静かに返事をした京さんの声。
わかってる癖に。
言葉で言わせる、京さんは意地悪で、そこが好き。
好きだって、愛してるって、何度言っても足りない。
わかって貰えなきゃ意味が無い。
「お前はホンマ、アホやなぁ」
慣れた京さんの溜め息混じりの呆れた声でさえ、その事実に幸せを感じる。
好きな人と一緒に過ごせる、幸せ。
終
20120831
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