夏祭り@/京流
仕事から帰って来て、自分ちのドアを開けたら予想外のモンが見えて、扉を閉める。
一応、外の表札を見てみても僕の名字が印刷されとる。
うん、僕んちや。
つーか最上階のこのフロアには部屋数少ないから間違える筈も無いやんな。
そんな事を考えとると、扉が開いて同居人が顔を覗かせる。
「京さん、何してるんすか。中入らないんですか」
「うん、お前が何しとん」
るきに手首を掴まれて、扉の中に引っ張り込まれそうになったから手を振り払う。
まぁ、家に帰って来たんやから入るけど。
るきの格好が何で部屋ん中やのに浴衣着とん。
もうコイツの考えとる事がわかりたく無いのにわかってまうとか、ちょっとウンザリする。
「……お前、その格好なに」
「あ、今日近くで花火大会あるんですよ!行きませんか」
「…やから帰宅時間しつこく聞きまくっとったんか」
「あは。俺が先に帰ったんで、時間あるし行けるかなって思って前に買って、全然着て無かった浴衣あったの思い出して」
これどうですか?って、靴脱ぎよる僕の目の前で刺繍が入ったシックな浴衣を着たるきが1回転した。
うん、浴衣着たるきやな。
「京さんの分もあるんで、着て下さいよー」
「絶対嫌。花火なんかバルコニーから見えるやろ、そっから見ろ」
「えー京さんと花火大会行きたいんですけど!せっかく浴衣着たのに!」
「知らん」
「髪もセットしたのに!」
「知ーらーん」
「ここまでしたら化粧しようかどうか迷いました」
「…お前歩きながらカミングアウトする気やったんか」
「人多かったら別に皆気にしなく無いですか?」
そんなアホな会話をしながら、リビングに入るとクーラーが効いて涼しかった。
鞄を置いてソファに座ると、浴衣で歩きにくかったんか、ちょこちょこ歩くるきが隣に座った。
「ねー、京さん、花火大会行きましょうよ」
「嫌。無理」
「花火大会行く気だったんでご飯作ってませんよ」
「……。後輩と飲みに行って来るわ」
「だったら俺と花火行って下さいよ!」
「はぁ…」
腕にまとわりついて来たるきに溜め息。
何でコイツはこんな我儘になったんや。
昔はこんな風に強請る事なんて絶対せぇへんかったのに。
調子乗って来とんちゃうか、お前。
煙草取り出して1本咥える。
るきがテーブルの上に置いてあるライターを取って、僕の煙草に火を点けた。
煙を吐き出して、一息吐く。
隣ではさっきまで煩かったるきが大人しくなったと思ったら、携帯を取り出して自撮りしとった。
「やべー、京さん格好良い」
「……」
何勝手に僕も撮っとんやって思ったけど、携帯操作して写メった画像を見せて来るるきは、カラコンの入った目を細めて楽しそう。
画像にはカメラ目線のるきと、目線が外れた煙草吸いよる、僕。
満足そうに笑うるきは、また携帯画面に視線を戻す。
「れいたに送ろ」
「……」
「……」
「……」
「…で、京さん花火大会行きませんか」
「嫌や言うとるやろ」
「何でですか」
「人混み無理。仕事終わりにンな所行きた無い。えぇ歳こいて野郎2人で行って何が楽しいんや」
「京さんと2人で行くのが楽しいんです。せっかく時間あるのに行きましょうよー」
「いーやーや」
「……。後で京さんの言う事何でも聞きますから!」
「交換条件無しで僕の言う事聞くんが当たり前やろ」
「ですよねー…」
るきがちょっと息を吐いて、背凭れに凭れた。
何か浴衣がキツいらしくて動きにくそう。
よう自ら着付けしたな。
コイツの事やから全部調べたんやろけど。
灰皿に灰を落として、腹減ったなーって思いよっても、そう言えばコイツ花火大会行くつもりで作って無いとか抜かしたな。
何かデリバリーさせるか。
るきの携帯が鳴って、メールやったらしくてiPhoneを操作しよった。
「……お前ホンマ写メ撮るん好きやな、ナルシストか」
「えー?」
るきがまたカメラを自分に向けて、少しポーズを付けて写メっとったんが笑える。
自撮りはハタから見たら間抜けな事この上無い。
「何か虎ともメールしてたら浴衣写メってって言われて。さすがにさっき京さんと撮ったのはヤバいかなーって思って。れいたには普段から言ってるからいいんですけど」
「……」
るきがiPhoneの画面を見ながら操作して喋る。
吸っとった煙草を灰皿で揉み消して、ソファから立ち上がる。
「京さん?」
「行くで。腹減ったから飯買うついでに」
「え、あ、ど、こに、」
「あ?お前が行きたい言うたんちゃうんか」
「ッ!!…待っ、財布…、」
「必要無い」
「えっ」
るきが慌てて周りを見渡すんを止めて、持っとったiPhoneを取り上げる。
るきが反射的にiPhoneに手を伸ばして来たけど、触れんように腕引いたら手を下ろした。
「行きたないんやったらえぇけど」
「行きます行きます、うわ、超楽しみ」
るきが笑ってそう言うて。
そのまま踵を返して玄関の方に向かう僕の後を着いて来て。
律儀に玄関先に置かれた箱ん中に、下駄があった。
ホンマ用意がえぇって言うか。
行く気満々か、そんなに。
またさっき履いとった靴を履いて、取り上げたるきのiPhoneを下駄箱の上に置いてそのまま扉を開けて出てく。
るきが履いた下駄が、カラコロと音を立てて。
ちょっと、情緒があるなって思った。
ちょっとだけな。
「京さん花火始まっちゃうんで、早く行きましょう」
「タクれば」
「会場付近渋滞で、絶対徒歩の方がいいですって」
「……」
ちょっと蒸し暑さが残る夏の夕方。
出た事に後悔した。
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