柔らかい感情/京流




疲れた。
最近帰って来るん夜中やし、家でまともに飯食う時間もないし。

それが相まって怠い。


ケータリングばっかで胃が重くて、溜め息を吐きながら自宅ドアを開ける。

るきも帰っとんか、リビングから明かりが漏れて、ブーツが目に入った。


るきがおるんやったら、温かいモン淹れてもらおうとか、そんな事を考えながらリビングのドアを開ける。


「………」


電気もパソコンも点いとんのに、感じんの本人がおらん。

風呂か。
自分でやるん、めんどいなって。

疲労感が一層増した気ぃする。


うなじ付近を掻いて、カバンをソファに投げる。
ふとカーテンが開いた窓を見ると、窓が開いとるらしく少しだけカーテンが靡いた。


窓へ近付いてみると、開いた窓の外。
バルコニーにるきの後ろ姿。

身体を縮めて、煙草の煙を吐く姿が見える。


まだ肌寒い夜中。
何しとんやコイツは。


「おい」
「ッ!び、びった…お帰りなさい、京さん」


僕が声を掛けたら、思いもよらんかったんかあからさまに身体を跳ねさせてこっちを振り向いた。
髪もセットしとらん、眼鏡のるきが僕の顔を認識して笑みを作る。

寄りかかったバルコニーの縁に置いた灰皿に、煙草の灰を落とした。


何となく、僕もバルコニー用のクロックスを履いて外へ出る。
るきの隣に立つと、目の前に都会ならではの綺麗な夜景が広がった。

るきは結構な時間おったんか、何本か吸い殻が乗った綺麗な灰皿。


「もう、ビックリして落ちるかと思ったじゃ無いですか」
「あー…ほなちょっと落ちてみたら、るき」
「確実死にますよ。ここ最上階なんで」
「うん、せやな」
「京さんも一緒に」
「僕を殺す気か」
「それは嫌ですけど、京さんとじゃないと嫌です」
「我儘抜かすな」
「えー」


目を細めて笑うるきは、夜景の広がる景色へと視線を移して、その瞳は地上まで遠い眼下を見下ろす。

えぇ眺めやろ。
夜は吸い込まれそうな程。


「あー…。京さんに捨てられたら、目の前でここから飛び降ります」
「当て付けか」
「だって、そうしたら絶対俺の事忘れないでしょ」
「とか言うてホンマに出来るかわからんしな」
「…試してみます?」
「何、捨てられたいん?」
「あはは、絶対嫌です。京さんと一緒に生きて、音楽まだまだ続けたいんで」
「欲張りやな」
「生きる糧ですよ」


そう言うたるきは、煙草を灰皿に押し付けて消した。


「…月が」
「は?」
「この前、月が最も大きく見える『スーパームーン』だったらしいですよ。その名残で、まだ月がデカいなぁって」
「ふーん」
「自然の神秘好きなんで、こう言うの眺めてるとインスピレーション受けますよね」


そう言うるきは目を細めて、空を眺める。

そう言えばコイツは今までも何か、色々煩く言うて見とったなって思った。
るきは案外、ロマンチストやから。


月に視線をやると、ホンマ、いつもよりデカく感じる。
あんま意識しとる訳やないけど、いつも見とるモンやのに、その大きさに多少違和感。


「ニュージャージー州のウェストオレンジから見えた月は、光の関係でオレンジ色に見えたらしいですよ」
「……」
「また見に行きましょうよ、一緒に」
「ニューヨークやろ。海外は行きたないわ」
「旅行だと、また違いますって。美味しいご飯、調べるんで」
「…肌に合わん」


プライベートなら、尚更。
あんな場所は嫌やわ。

観光しようとは思わんし。


「じゃ、日本で、また次は当日に一緒に見ましょうね」
「…見えたらな」


そう、曖昧な口約束を交わしたるきは、嬉しそうに柔らかく笑った。


見とるこっちが舌打ちしたくなるぐらい。


ロマンチストで真っ直ぐな気持ちのるきの感情は。
こそばくて、心地良い。




20120509



[ 298/442 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -