見えない所/京流
夜遅くに帰宅すると、いつもは玄関まで迎えに来るるきが来んかったん。
それは別にえぇんやけど、リビングに入ると独特の匂いが鼻をついた。
「あ、京さんお帰りなさーい」
「…お前何しとん」
るきの平和そうな声が聞こえて。
ソファの方に近寄ると、床に座り込んどるるき。
身体丸めて、何しとんねんって思ったら。
小さい瓶を持って、足の爪を丁寧に塗っとった。
顔を上げたるきは、眼鏡にロンT、スキニーって言うめっちゃラフな格好しとって。
僕の姿を確認して、へらって笑った。
朝見た雰囲気とは、ちょっと違う気がする。
「…あ、」
「え?」
「お前、髪の毛無くなったんか、そうか」
「ちょ、無くなったって何すか。切ったんですよ!ライブ前だし、今日雑誌の撮影あったんで」
「ふーん」
「似合います?」
「短くなった」
「そりゃ…切りましたからね」
率直な言葉を言うと、るきが笑いながらマニキュアの瓶の蓋を閉めた。
鬱陶しい程、伸びとった髪は、綺麗さっぱり切られとった。
まぁるきはようイメチェンするしな。
黒く塗られた自分の足の爪を見ながら、るきは手でパタパタと扇いだ。
それを見下ろしながら、ソファに座る。
床に座るるきの髪に手を伸ばして髪を梳く。
傷んだ髪は指通りが悪かった。
「でも髪切ったの京さんが気付いてくれたの嬉しいなー」
「はいはい。つーか何しとん」
「あ、ペディキュア。塗ってみようかな、と」
「足やろ。誰に見せるんそんなん」
「んー。気分?ですかね?」
「僕に聞くな」
るきが僕の方に足の指を向けて来た。
白い足の指先に、綺麗に塗られた黒。
「京さんも塗ります?」
「は?」
「足。手は京さんやらなさそうなんで、足なら誰にも見られないし」
「いや、やる意味ないし」
「ちょっとだけ!」
「はぁ?触るなコラ」
「やです!」
「はー…も…コイツ…」
るきが嬉々とした表情をして、僕の足を掴む。
肘置きに肘付いて、るきの行動に溜め息。
るきは勝手に僕の靴下脱がしにかかりやがった。
何好き勝手にしとん。
「るき」
「え、」
そんなるきの手から足を外して、るきの肩を踏み付ける。
「『やらせて下さい』は?」
「……。やらせて下さい、お願いします」
「は、しゃーないな。しっかりやれよオラ」
「はいっ」
素足をるきの手に持たれて。
るきが小瓶の蓋を開けて刷毛で僕の足の爪を黒く塗り潰す。
めっちゃ真剣に僕の爪見とんやけど。
笑えるわー。
片足が出来たらしく、別の足を手に取られる。
同じく真剣な顔して僕の足の爪に塗るるき。
何がそんな楽しいんや。
こんな誰も見ぃひん所。
や、誰も見んからこそ、やった方がいいか。
そんな理由で、僕も足に刺青入れたし。
約1名、見る奴おるけどな。
その約1名が、僕の爪を黒く塗り潰して満足した様に笑う。
さっきしとった様に、手でパタパタ扇いだ。
そんな事してもなかなか乾かんやろ。
そのるきの行動が、凄い間抜けっぽい。
「京さんとお揃い」
「除光液貸せ」
「せっかく塗ったのに!」
「るきとお揃いとかキモいわー」
足を少し上げて、塗られた爪を目を細めて見やる。
「いいんです。俺しか知らない事なんで」
「アホか」
るきの膝に足を置くと、るきが足首からジーンズの中へと手を滑らせて刺青が描かれとる皮膚を撫でた。
コイツは僕の刺青を見たり撫でたり舐めたりするんが好き。
大衆にはわからん、秘密事も。
「あーでも、京さんとお揃いとかテンション上がる。ライブ超頑張れる」
「安上がりやな」
「だって京さんが好きなんですもん」
「はいはい」
知っとる。
お揃いにするんが好きなんも。
何処の女や気持ち悪い。
でもそれが『るきやから』で済まされる程。
僕ん事を、侵食しとる事も。
終
20120318
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