ひな祭り/京流
深夜に近い時間帯、仕事から自宅へと戻ると。
風呂から上がって寝る前らしいるきが歯磨きしながら洗面所から顔を出した。
『お帰りなさい』って言うたつもりやろけど、何言うとんかさっぱりわからへんで。
僕が靴を脱いでリビングへ向かうと、るきは慌てて洗面所へ行って濯いで戻って来た。
「京さんお帰りなさい」
「ん、ただいま」
「ご飯食べます?」
「うん」
「じゃ、すぐ用意しますね」
そう言うて、寝る前の格好でおるるきは。
キッチンに行って何や用意しとるみたいやった。
鞄や上着をソファに置いて、キッチンの方のテーブルに座る。
テーブルの上の綺麗に洗われた灰皿を引き寄せて、煙草を1本咥えた。
るきが準備しとるんを煙草を吸いながらボーッと見つめる。
「京さん、桜餅と三色団子、どっちがいいですかー?」
「何それ」
「今日ひな祭りだったんで買ったんですよー。両方食べます?」
「ひな祭りて…。飯なに」
「ちらし寿司です。ひな祭りってちらし寿司とか食べるらしいですよー」
「…お前、ここには男しかおらんのやで」
「知ってます」
るきが僕の分だけを皿に盛ってちらし寿司を差し出して来た。
海老とか玉子とから何や色とりどりな感じで。
後は吸い物と桜餅と三色団子をテーブルに並べた。
そして僕の向かい側にるきが座る。
少しだけ吸った煙草を灰皿に揉み消した。
ひな祭りって…、女のイベントやろ。
何で僕とるきと2人暮らしにそれをやるん。
イベント事好きなんは知っとるけど、マメっつーかいちいち覚えとってキモいっつーか。
箸を手に取って吸い物を一口飲んで、ちらし寿司を食べ始める。
るきがじーっと僕が食いよる姿見とんやけど。
キモい。
「美味しいですか?」
「まぁ、普通」
「よかったー。あんまちらし寿司って作らないんで美味しく出来るか心配で」
「お前食ってないん」
「や、早く帰って来たんで先食べちゃいましたけど。桜餅とか団子食ってたら腹いっぱいになって」
見た目丁寧に作られとるちらし寿司は、るきの手作りらしい。
細かい事が好きなんか、元々料理の才能があったんか。
今は食えへんモンを出して来た事は無い。
やから、家で飯食う様になったんやろな。
「…つーか男所帯でひな祭りやる意味がわからんのやけど」
「あはは、何となく?」
「何やそれ」
「や、俺んちって兄貴だけでガキの頃からひな祭りとは縁遠い感じだったんで。せっかくなんで便乗してみようかな、と」
「ふーん。そう言えば僕んちは妹おるから何かしよった気ぃするわ」
「えー京さんの妹って似てます?」
「知らん」
「俺は兄貴と似てないんですよねー」
妹欲しいとか思った事はねーけど、とかそんな事を言いながら。
るきは頬杖をついて、僕をじっと見つめながら喋っとって。
時折、眠そうに欠伸をしとった。
お互い連日仕事やし、別にさっさと寝とったらえぇやん。
なんて事、こいつに言うても無駄なんやろな。
僕ん事が、好きやから。
イベント事好きなんも、僕盲目なんも、家事炊事全部やるんも、全てはその理由で。
「あ、京さん、ひなあられもありますよー」
「…何で」
「ひな祭りだから?」
「…お前掘られ過ぎて思考回路どころか全てが女んなったんちゃうの」
「えー!それだったら女なの隠してバンドやって、京さんと結婚出来るから万々歳じゃないですか」
「うん、言うた僕が悪かった。すまん。死ね」
「何それ」
るきの言う事は突拍子も無くアホな事やって事を忘れとったわ。
呆れた顔でるきを見て食べ終わった皿を遠ざけて、桜餅と団子が乗った皿を引き寄せた。
ひな祭りて。
るきホンマ女んなったらある意味怖いわ。
絶対離されなさそう。
「京さん、美味しい?」
「団子の味」
僕の顔を、飽きもせず眺めとるアホやから。
終
20120303
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