限界を越える為の救済/京流
あー、もう。
何でこう、上手く事が運ばねーのかな。
どうせなら、気が済むまで俺の事を殴って欲しい。
何も言わない貴方の背中を見る方が、よっぽど痛い。
『ツアー中止んなったわ。喉ヤバいから』
いつもと違う声で、吐き捨てる様に言った京さんの言葉。
そのまま、寝室に向かった。
確かに最近、調子が悪そうな声はしてたな。
何にも言わなかったけど、ドクターストップかかる程なんてよっぽどの事なんじゃねーの。
俺も声出なくなったりして、ライブ延期にしたりしたけど。
そう言うのは自分自身だけの問題じゃなくメンバーや事務所やスタッフ。
ファンにまで迷惑を掛けてしまうからやりきれない。
今日は冷えるし、喉にいいかなって思って生姜湯を作る。
蜂蜜入れて甘くして。
京さんのカップを持って、寝室に向かった。
京さんは寝るでもなく、ただ、ベッドの端に腰掛けて座ってるだけ。
俺が入って行っても微動だにしない。
「…京さん、」
「……」
「生姜湯淹れましたけど、飲みませんか」
「……」
「温まりますよ」
「……」
京さんに近づいて、カップを差し出しても京さんは受け取らない。
「…ここに置いておきますね」
どうしようか迷って、サイドテーブルにカップを置いた。
1人でいたいんだろうかな。
「………、」
「え?」
小さい声で、俺の名前を呼んだ気がして。
京さんの方を振り向くと、腕を掴まれて京さんの方に引き寄せられた。
油断してたし、抵抗する気も無いから。
大人しく京さんの腕に収まる。
それと同時に、ベッドに雪崩込んだ。
2人分の重さでベッドが軋む。
「────手術するかもやって、僕」
「……」
「1ヶ月治療続けて治らんかったら」
「……」
「アホらし。そんな事までしてなぁ」
「……」
京さんが、俺を抱いたまま独り言の様に呟く。
海外ツアー嫌だとか、もうしんどいから歌いたくないとか。
そんな事を言ってる京さんは、いざ歌を取り上げられると途端に弱い。
そんな矛盾を繰り返すこの人。
それが一番、人間らしい。
ステージ下りてまで完璧でいる必要は無いから。
完全無欠のステージ上の京さんより、俺は人間臭い京さんが好き。
だって京さん、海外行ったり日本でツアーしたり。
過密スケジュールだったじゃん。
京さんが自分で選んだ歌い方。
身を削ってステージに立つこの人に、軽々しく休んで欲しい、なんて言えないけど。
たまにはゆっくり、時間を流してもいいんじゃないですか。
何も言わずに、京さんの背中に腕を回してキツく抱き締める。
京さんの匂いが鼻腔を擽って。
好き。
大好き。
縋り付くこの人の腕を、絶対に離したりはしない。
「…京さん」
「……」
「今日の夜ご飯は何がいいですか」
「……」
「俺的には寒いんで、寄せ鍋とか食べたいなと思うんですけど」
「……」
「買い物一緒に行きません?スーパーに」
「……」
「京さんとスーパーって似合わないですよねー」
「…何やとコラ」
「あは」
京さんの背中に回した手で、優しく背中を擦る。
少し顔を離して俺の顔を見た京さんに笑いかけると、京さんは呆れた顔をした。
から、ちょっと伸びをして京さんの唇にキスをする。
「何しとんねん糞ガキ」
そしたら京さんにベッドの上に押し倒されて唇に噛み付かれる。
そんな京さんのキスが好き過ぎる。
ねぇ、京さん。
お互い歌を辞める時もあるかもしれない。
そしたら一緒に縁側でお茶でも啜る仲良しジジィになってるといいな。
終
20120207
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