テリトリー内/京流
自宅マンションのエレベーターを待って、扉が開いたから乗り込んだ時に。
るきの声が響いて来た。
「京さん、待って…っ」
「……」
『閉』ボタン押そう思ってボタンに手を掛けたけど、閉まる前にるきが間に合ってエレベーターに乗り込んで来た。
何やねんお前。
エレベーターの扉が閉まって最上階へと上がってく独特の浮遊感の箱の中で、るきがその場に座り込む。
「あー…走ったら気持ち悪ぃ…」
「そんな飲んだんかお前」
「多分…かなり…虎と話が盛り上がっちゃって…」
「ふーん」
「ッあ!京さん俺の後輩を威圧しないで下さいよ!虎ビビッてたじゃないですか!」
座り込んだるきがいきなり立ち上がって僕の方に向き直る。
急に立ち上がったからまた気分悪くなったんか知らん、口元押さえて顔を反らした。
忙しない奴やなぁ。
呆れながらるきを見とると、最上階に着いてエレベーターの扉が開いた。
るきが扉を押さえて道を譲る中、先にそこから出て行く。
したらるきも後ろを着いて来た。
ってか、ビビッとった?
あのガキが?
あの男はそんな畏怖の目で僕を見てない。
挑戦的な目で見て来よったやん。
さっきの、背の高い『虎』と呼ばれた男の顔が脳裏に過った。
自宅玄関前に着くと、るきが鍵を取り出して開ける。
僕の半歩後を歩いて、先に行動するその様は。
よく調教された僕だけのるき。
お互い玄関で靴を脱ぎながら、るきから匂う、居酒屋系独特の色んな匂いが混じった中に。
るきのと違う、キツめの男モンの香水の匂いがして来たからイラッとした。
「あー…でも、俺が京さんに声掛けちゃったから虎にバレましたよね、関係」
「……」
「メンバーは知ってるんすけど、他の人には極力言わない様にしてるんですが…すみません」
「…別に」
「言い触らす様な奴じゃないんで。一応またちゃんと話に行こうかなと思いますけど。俺潰れちゃってて、さっき虎にタク代払ってもらったの金渡してねーし…」
「……」
リビングに入って、部屋の電気を点けたり暖房のスイッチ入れたり。
色々動きながら、るきは喋り続ける。
家主がおらんかった部屋は、かなり冷え込んどって。
上着脱ぐ気も起こらんと、そのままソファに座る。
虎、な。
バンド自体、知らんし知る必要もないけど。
最近、るきの話題によう出る人物。
ライブ行ったりもしとるようやし。
そんで僕に向けられたあの目。
煙草を取り出して1本咥えて火を点ける。
京さん珈琲飲みますかー?なんて。
さっきまで気分悪い言うとった癖にごちゃごちゃ動きよるるきに視線を向ける。
背もたれに身体を預けて、ゆっくりと煙を吐き出した。
「るき」
「はい?」
「こっち来い」
「はーい」
嬉しそうな顔と声で、僕に呼ばれてやっとった事を放棄して僕の座るソファんトコに来た。
隣に座るるきに、自分の膝を叩くと。
るきが『えっ?』って顔をしながらおずおずと僕の膝の上に乗って来た。
向い合わせで。
何やの。
いつもなら許可せんと甘えて来る時ある癖に、こう言う時に遠慮気味って何やねん。
僕の膝の上に乗ったるきを見上げながら煙草を吸う。
るきはどうしたらいいかわからずに視線を泳がせて。
そんなるきの顔に煙草の煙を吹きかける。
「ッ、ゴホ…っげほ、ちょ…ッ、京さん何するんですか…!」
「何って…お前匂うんやもん」
「ッは…!?」
煙に噎せて、涙目になりつつ咳き込むるきを目を細めて見上げる。
自分も煙草吸っとっても、他人の煙は腹立つやんな。
でも僕のモンに、他人の匂いが付いとんはもっと腹立つ。
勝手にマーキングされんな。
この糞犬。
終
20120127
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