It is more jealous./京流
無機質な電子音が耳に届く中、その場で立ち尽くす。
廊下の端で電話はしてたけど周りはスタッフが走り回ってて。
その雑音すら、聞こえなくなって血の気が引いてくのがわかった。
どうしよう。
怒らせた、京さんを。
声色でわかる。
京さんの不機嫌な声が耳にこびりついて離れない。
冷たくなっていく手で、リダイアルで京さんの番号を押せば。
もうそれは女の人の無機質な声に変わってて、電源を落としたのがわかった。
「ルキさん電話終わりました?」
「───御免、虎。俺帰るわ」
「え?」
「ホント御免。また今度飲み誘うから」
「え、ルキさん…っ」
立ち尽くしてる俺に、すっかりオフの姿になった虎が話し掛けて来たけど。
顔の前で手を合わせて謝りながら、虎の脇を擦り抜ける。
何か言いたそうな顔が視界の端に見えたけど、そんなの気にしてらんねぇ。
他のメンバーや、スタッフに挨拶しつつ早々に裏から会場を出る。
サングラスを掛けてタクシーを捕まえて自宅を告げた。
もう一度京さんに電話を掛けてみるけど、やっぱり出ない。
帰って来るなって、京さんは言ったから実際帰って来たら来たで怒るんだろうけど。
京さんに拒絶される事の方が、俺には辛い。
会場が自宅まで意外と遠かった事に舌打ちをしつつ、鍵を開けて玄関に入ると、もう部屋の中は真っ暗で。
京さん寝たのかなって廊下の電気だけを点けて寝室へ向かう。
ゆっくり扉を開けると、廊下の光が筋になってベッドで眠るその人のシルエットを浮かび上がらせた。
音を立てずにベッドに近づく。
今こうして帰って来た所で、京さんに何を言えばいいのかもわかんねーけど。
すぐ帰るっつったのに、飲みに行こうとした事を謝るのか。
京さん自身、そう言うのを拘る人だとは思わなかった。
今回の事は、多分違う──…。
「……帰って来んな言うたのに、何帰って来とん」
「……ッ、起、きてたんですか」
じっと京さんが寝てるベッドの横で立ち尽くしてたら、いきなり声が響いてビビる。
京さんは微動だにしない。
「起きた」
「すみません、起こしてしまって…」
「別に。飲み行くんちゃうの。随分早い帰りやん」
「断って来ました」
「……」
「…あの、」
「……」
「すみません」
「は、何で謝るん」
「や、だって…」
言っていいのかわかんねーけど。
タクシーん中で考えてた事。
「…もー…えぇし。飲みでも何でも行って来たら?」
「やです」
「……お前に拒否権があると思っとんか」
「でも、嫌です。京さんの方がいい」
「…よー言うわ」
嘲笑を含んだ、京さんの静かな声。
さっきの電話口の声色と違くて、少しホッとする。
「…京さんが、あんな事言うからです」
「僕の所為か。何様やねんお前」
「京さんの事がもっと好きになりましたけどね」
「頭おかしいんちゃう」
京さんの言葉に小さく笑って、ベッドに乗り上げる。
そのまま、布団の上から抱き付く。
拒否らんねーから、そのまま。
暫くそうしてると布団越しに、京さんの熱が伝わって来て。
胸のざわつきも溶かしてくれてるようで。
やっぱ京さんは、自分優先じゃなきゃ気に入らないんだ。
今回俺が取った行動が勘に障って。
そう確信すると、さっきまで顔面蒼白で京さんに愛想尽かされたらどうしようって心配してたのに一気に表情が緩む。
京さん。
やっぱ、アンタの子供染みた言動が、京さんの事が頭おかしくなるぐらい大好きな俺には嬉しい。
もっとガチガチに、束縛してくれてもいいのに。
ぎゅぅっと京さんに抱き付いて、背中に擦り寄る。
もっと全部見せて。
京さんの感情、全部。
終
20111210
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