ルンバを買って来た日/京流
今日は比較的早めに帰れた日。
玄関の鍵開けてドアを開けると一番に目に飛び込んで来たモンが一瞬何かわからんくて目を疑う。
「………」
ソレは機械やから、まぁ僕なんか眼中ないように動いとるワケやけど。
何これ。
またるきが変なモン買ったんかって思って溜め息吐いたら開いとったリビングのドアから、先に帰っとったるきが来た。
今日の朝に見た、僕を仕事に送り出すだけやのに何で朝っぱらからそんなキメとんねんって格好やって、眼鏡なるき。
多分、飯作っとったんやろなって匂いがして来た。
「お帰りなさい京さん」
「…ただいま。お前、それ何」
「え?」
「それ」
靴を脱ぎながら、顎で廊下を動いとる物体を示したら。
るきがそっちへと視線を向けて、あぁ、と言いながらまた僕の方に向き直った。
自然に差し出された手に、自分が持っとった鞄をるきに渡す。
「今日オフだったじゃないですか、俺」
「うん」
「だから電気屋行って来たんすよ」
「…うん」
「で、前から欲しかったんで買っちゃいました。掃除機なんですよーこれ」
「掃除機?」
「そうですこいつセンサーで感知して勝手に部屋の掃除してくれるんですよー」
「…掃除機あるやん」
「や、これ自動でしてくれるんで。楽じゃないですか」
「はぁ…」
るきが楽しそうに言うとる機械の方に視線を向ける。
円形の機械が、廊下を縦横無尽に動き回っとった。
壁に当たると思ったら勝手に方向転換。
えらい頭えぇように作られとんやな。
視線を外してリビングへと歩いてくと、るきは円形の掃除機を持ち上げて僕の後ろを付いて来た。
ソファに僕の鞄を置いて、またその掃除機を床に下ろしてスイッチを押しとって。
ソレはまた動き出した。
「こいつ充電切れそうになったら自分で充電しに行くんですけど、たまに戻れなくて床で動かなくなる時あると思うんで、見つけたら充電器に連れてってあげて下さいね」
「はぁ?めんどいやんそんなん」
「いやいや、この子も頑張ってるんですよ」
「この子って…無機物やろ、これ」
何でそんな人に言う様に言うとんやコイツ。
円形の掃除機は部屋を自由に動き回っとった。
…まぁ、物に当たらんのは賢いかなとは思うけど。
「…飯は」
「あ、もうすぐ出来ます。今日は寒かったんで、鍋にしましたよー。キムチ鍋」
「ふーん」
キッチンの方のテーブルに座ると、目の前にはIHのコンロに蓋をされた鍋が置いてあって。
2人分の小皿があった。
えぇ匂い。
「ビールありますけど、飲みます?」
「飲む」
「じゃ俺も少し飲も」
肘を付いて、鍋越しに忙しなくキッチンで動き回るるきを見る。
冷蔵庫から缶ビール1つと、ビアグラス2つを出してテーブルに置いた。
るきが布巾で鍋の蓋を掴んで開けると、えぇ感じに煮えたキムチ鍋が見えて。
そんな腹減ったって思って無かったけど、視覚に入ると腹が減って来るから不思議や。
るきが小皿に僕の分と自分の分をよそって。
グラスにビールを注いだ。
「京さん今日もお疲れ様です」
「んー」
るきがグラスを差し出して来たから、それに軽く合わせて乾杯をする。
一口飲むと、冷たい喉ごしにスッキリした。
「これ、つみれも自分で作ったんすよ。食べてみて下さい」
「はー…暇やなぁ」
「オフだったし鍋だし、凝ってみたんです」
「…ふーん」
まぁ、美味いけど。
るきが今日行った電気屋で何があったやら何やら、よう喋っとる。
適当に聞きながら飯食いよったら、視界の端に円形の掃除機が見えた。
ホンマ自由に動き回るなぁ、これ。
「あ、京さんこれ、ルンバって名前らしいですよー」
「ふーん、ファンキーな名前やな」
「じゃ、せっかく動く子だし、名前は『京ちゃん』にしてもいいですか」
「……壊すで」
「やめて下さい。地味に高かったんで」
「高いモン買うな」
「…京ちゃんダメだってさー」
「無機物に話すな。気色悪い」
円形の掃除機を見下ろして話し掛けるるきにウンザリする。
どうしてこいつはこんなにアホなんやろ…嫌やわこんな奴。
飯は美味いのに、この中身どなんかならんの。
「京ちゃん綺麗にしてねー」
「…ホンマぶっ壊すで、糞が」
終
20111110
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