何度でも確かめたい事/京流
インタビュー記事が載っている雑誌を丹念に隅から隅まで読み終わって。
閉じた雑誌をテーブルの上に置く。
後ろのソファを振り返ると、仕事から帰って来て寛いでたソファでうたた寝をする京さんが見えた。
京さんは眠くても、あまり寝室に直行するって事しなくて。
風呂入ったりソファで煙草吹かしながらボーッとしたりして、気紛れに寝室に寝に行く。
それが今日はソファに凭れて足を組んだまま俯いて寝てしまってた。
ライブがあるからか何なのか、今まで伸びて来てた黒髪をまた短く切って明るい金髪にして帰って来て。
すげー似合う。
格好良い、京さん。
京さんの足元に近寄って、下から京さんを見上げる。
もうすぐライブツアーが始まるから、リハやら何やらで疲れて少しやつれ気味。
組んだ足の上に置かれた手をそっと握る。
またハンドケアしなきゃ。
京さん放っといたらサボんだよ。
せっかく綺麗な指なのに。
よっぽど疲れてんのか手に触れても京さんは起きる気配が無い。
さっきまでインタビューを読んでいた雑誌の京さんとは、もう雰囲気も変わってて。
でもガラさんと対談した言葉は一つ一つが京さんの言葉で。
正直、ズルい。
悔しい。
嫉妬しますよ、俺。
ガラさんとの付き合いが長いのも、ガラさんが京さんに信頼を置いているのも。
そこに俺が入り込む余地なんて無い事も、全部わかってます。
だから、余計に悔しい。
家の中で、愛しい男が『先輩』になる事なんて無い。
それは嬉しい事で、歯痒い。
俺だって同じ業界にいる者として、京さんと真剣に音楽の話とかしてーのに。
京さんの寝顔を見上げながら、少しだけ握った手に力が籠る。
キス、したら起きるかな。
したら怒られんだろうか。
手を離して膝を付いて、腕を使って身体を京さんの方へと乗り上げる。
京さんの身体を挟む様な状態で手を付いて、俯き加減のその唇にキスをした。
わざと音を立てて唇を離すと、間近にあった京さんの眼球が瞼の下で動いたのがわかった。
うっすらと目を開ける京さん。
疲れと、寝起きから不機嫌そうにその目は歪められた。
「……何しとんやお前」
「…キスです」
「うざ。退け」
「嫌です」
「はぁ?」
京さんは鬱陶しそうに俺の身体を押し返そうとしたのをわざと退かなければ、京さんの顔が更に歪んだ。
起こされんのも、言う事聞かないのも、京さんが不機嫌になる要因。
それは長年一緒にいてわかってる。
それでも昔に比べて、京さんは俺に対して許容範囲は広くなった。
京さんとの関係をメンバーに後ろめたく感じる事も無くなった。
それは俺と京さんと、一緒に過ごした関係性から生じる物で。
その間も、ガラさんとの関係も進んでるって事で。
正直、そこまで想ってんのとか雑誌のインタビューで初めて知ったし俺的には面白い話では無い。
「お前何様やねん。早よ退け言うとるやろが!」
「…ッい゛…!!」
苛立った声と共に、後頭部の髪の毛を鷲掴まれて京さんの身体から引き剥がされる。
痛みに顔を歪めて、まだ掴まれたままの髪。
その掴む京さんの手に手を重ねる。
不機嫌な表情で俺の顔から身体まで視線でなぞって。
その蔑む視線が堪らなく好き、京さん限定で。
「…ッあ、ガラ、さんと」
「あ゛?ガラ?ガラが何」
「仲良いんですね」
「は?」
あ、コイツ今更何言ってるんだって顔した。
したら、不意に京さんの視線が俺から外れて、テーブルの上を見た。
あぁ、って納得した様な表情。
後頭部を掴む手が離された。
痛む頭を押さえて、床に座り込む。
「やから何。まさかガラに嫉妬したとかそんな下らん事言うんちゃうやろな」
「………」
「は、ガキ」
「だって…ッ」
「だって?何の言い訳があるん?お前は僕の何を求めとんねん」
「………」
京さんの言葉に、一瞬考えが詰まる。
「僕はるきと、ガラや後輩の様な関係を築いて来た覚えはないけど。るきは違うんやね」
「ちが…、」
京さんがそう言ってソファから立ち上がって、寝室へ向かう。
その後ろ姿を立ち上がって慌てて追い掛ける。
何回も何回も、京さんが俺に言ってる事。
仕事関係無しに、俺と一緒にいる事。
それが言葉にしない京さんがする俺への答えなのに。
京さんの背中に、全力で抱き付く。
京さんは歩みを止めて、振り解かないけどこっちも見ない。
「離せ」
「嫌です」
「ウザい」
「わかってます。すみません嫉妬しました、ガラさんに。俺にはできない事だと思ったから。俺だって京さんの近くにいるつもりなのに、俺は…って思ってしまって」
勝手に思って、京さんの事は京さんに言うしか無くて。
京さんの身体にしがみついてたら、溜め息が聞こえて来た。
「なぁるき、何回言わすん?」
「…ごめんなさい」
「わかればえぇよ。ホンマ物覚えの悪い糞犬やなお前は」
「すみません。物覚え悪いんで根気よく教えて下さい。ずっと」
「早よ覚えんと気ぃ変わって捨てるで」
「犬は帰巣本能あるんで、戻って来ます」
「アホ犬には無いやろ」
「そこだけは優れてますから!」
そう言うと、京さんは顔を見せないまま笑った気配がした。
何度でも言って。
嫉妬で悔しくて狂いそうな時も。
京さん自身から、その言葉で。
後輩に慕われる孤高のヴォーカリストじゃない顔で。
俺だけに向けて。
終
20110917
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