舌と唇と傷/京流
ゆっくりと、玄関の扉が開く音がする。
吸ってた煙草を灰皿に押し付けて消して、パソコン画面から目を離す。
立ち上がって、玄関に繋がる扉へと歩く。
玄関には、大きいキャリーを脇に置いて靴を脱ぐ京さんの姿。
1ヶ月にも満たない期間、離れていただけなのに随分久しぶりに見た気がする。
「京さん、おかえりなさい」
「………ん」
俺の方を見た京さんの顔は、少し痩せた、っぽい。
サングラスを外して、覇気の無い声で返事をした京さんのキャリーを持ち上げて廊下を押す。
「京さん、ご飯食べますか?一応作ってます。風呂も沸いてますけど…」
「んー…」
「そのまま寝るならそれでも、」
「風呂入る」
「わかりました」
「から、来い。お前も」
「え?…あ、はい」
一瞬、京さんに何を言われてんのかわからなかったけど、一緒に風呂入れって意味で理解する。
京さんからそんな事言うなんて珍しい。
海外帰りだから、尚更。
そんな事を言う京さんの心情に断る理由なんてない。
俺を一瞥して、京さんは風呂場へ向かった。
キャリーをリビングに置いて荷解きしようか迷ったけど、京さんに一緒に入れ言われたから。
キャリーを放置して自分も風呂場へと向かう。
京さんは脱衣場で服を脱いで、室内へと先に入ってて。
俺も眼鏡を洗面台に置いて急いで服を脱ぐ。
あ、この入浴剤入れよ。
入浴剤を手に取り中に入ると、京さんは椅子に座ってシャワーを出してるから。
浴室内が湯気で京さんの輪郭がぼやける。
湯を張った中に入浴剤を入れて、髪を洗う京さんの後ろに座り込む。
「京さん背中流しますね」
「んー…」
「ご飯ちゃんと食べてました?」
「んー…」
スポンジを泡立てて、刺青が入ってる京さんの背中を洗う。
痩せて帰って来た京さんの背中は、今は小さい。
ライブ中はあんなに大きな背中なのに。
家に帰ってまで、気を張ってる状態よりかは全然いい。
そんな事を思いながら京さんの背中を洗い流す。
髪を洗った京さんは、髪を掻き上げながら浴槽へと入った。
俺も自分の身体を洗って京さんが寛ぐ中へと足を突っ込んだ。
「…るき」
「きょ、」
京さんとくっついて入ろうって思ってたら、京さんに腕を引っ張られて。
湯が波立って、京さんの腕の中に捕らえられた。
京さんの体温と湯の温かさに安心する。
「ん…ッ」
顎を掴まれて京さん独特の噛み付く荒っぽいキスをされた。
体勢がキツい中、京さんのキスに応えながら首に腕を回す。
何も言わない京さん。
新しく提示した音楽で、いつまで経っても慣れない海外で。
ライブをして来て。
藻掻きながら、自分の在り方を探す人。
舌を甘噛みされて気持ちイイ。
京さんとの久々のキス。
もうしないって思ってた。
自分自身を傷付ける事って。
京さんな何にも言わないから聞いたりしないし、止めろなんて言える訳ない。
傷は、舐めて治す方が早く治るんですよ。
傷付いた口内を全部舐め回す事は出来ないけれど。
キスするだけで、京さんの外傷も心情も癒せたらいいのに。
「…ッ、は…京さん…」
「…るき…」
散々、お互いの舌を貪って。
京さんの唇が離れんのが名残惜しくて、追い掛けてまた唇にキスをした。
柔らかく甘噛みしても拒否しない京さん。
濡れた髪に指を絡ませて、これ以上ないぐらい密着させる。
唇を離して間近で見た京さんは目の焦点が合わなくて表情は全然わかんねーけど。
俺を置いて、1人だと思わないで。
海外にいても。
でもこうして俺の所に帰って来て、俺を求めてくれるってだけで。
それだけで十分。
京さんが弱くて愛しく思えた。
終
20110901
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