愛してくれと叫ぶ声は/京+薫
嫌な夢を見て目が覚めた。
起きた時間は多分夜中で、寝室は月明かりがカーテンから漏れるだけで暗い。
寝汗がびっしょりで耳に届く自分の呼吸音が嫌に大きく響く。
眼球だけ動かしてみても部屋で寝てるのは自分1人。
小さく舌打ちをして、自分の腕で目を覆う。
スタッフや薫君が、手当てして巻かれた包帯の感覚がした。
睡眠導入剤飲んだのに起きるってどう言う事やねん役立たずが。
勝手に増やしたろか。
布団を剥いで、起き上がる。
1人で寝る部屋はやけに広くて自分が1人なんやって思い知らされて。
何で未だに、僕は引きずっとんやろ。
告白して来たんは敏弥で、好きのベクトルは敏弥が強かった筈やのに。
いつの間に僕はこんなにも敏弥にハマッたん。
夢にまで見る、別れた時の敏弥の顔が思い出されて。
拳で自分の頭を打つ。
思い出したくない。
敏弥の事。
楽しかった事の方が余計に辛い。
周りを見ても真っ暗な1人の部屋。
そこに居るのがしんどくて、1人になりたなくて。
ベッドから降りて携帯を掴んで。
部屋着に上着を着て財布を探す。
引っ越ししようか。
この部屋には想い出が多すぎる。
そんな部屋を飛び出す様に、玄関から出て行った。
最近よく来る薫君ちのマンションの部屋の前。
合鍵を貰ったから頻繁に来る部屋。
部屋の前で財布から合鍵を取り出して鍵を開ける。
廊下は電気が点いとって明るい中、ドアを開けると部屋ん中は暗かった。
当たり前やんな。
こんな夜中やのに。
光の筋が玄関を照らす中、その玄関に見慣れへん女物の靴が見えた。
「……ッ、」
その瞬間、ドアを閉めて踵を返す。
そりゃそうやんな。
薫君は僕に気ぃ使っとるけど、恋人でも何でもないし。
僕が寂しいからって理由で夜中に訪れてえぇ訳やないやんな。
いつも優しくされとるから、わからんかった。
薫君のマンションから出て、タクシーで来た夜道をゆっくり歩く。
大通りに出なタクシーは捕まらんやろうな。
でも、1人であの部屋には居りたくない。
今は。
やっぱ僕は1人なんや。
今までは別に恋人がおらんからってこんな気持ちにならんかったのに。
何をやっても満たされへん。
それ程、敏弥と一緒に過ごした時間が。
敏弥に愛された月日が。
濃厚で満たされとったんやろうな。
こんな気持ちになるなら、深くまで関わって好きにならんかったらよかった。
星が見えへん夜空を見上げる。
このまま消えてしまいたい。
「───京君…!」
「…は…、」
どうしようか思案しながら立ち止まっとると、背後から聞き慣れた声。
振り返ったら薫君が寝起きだろう格好で立っとって。
何でおるん。
何しに来とん。
「どしたん、何かあったん」
「は…訳わからんし。何なん、お前…」
「や、玄関の鍵開いた音したのに何もないし…玄関見に行ったら誰もおらんし鍵開いとるし…合鍵持っとん京君やから、何かあったんかなって思って」
「…お前、アホやろ。何しとん…女に怪しまれるやん…」
「京君のが大事やん」
そう柔らかく笑う薫君は、僕に近づいて来て優しく髪を撫でられた。
その手を振り払う。
そう言うんやったら、僕だけ見とれや。
上辺だけの言葉はいらんねん。
そんな事、言うても無意味な事わかっとるけど。
薫君が僕にくれる感情は、僕の望むモンやない。
「…歌われへんかったら困るだけやろ、薫君は」
「………」
そう吐き捨てる様に言うと、薫君は困った顔をして笑った。
嫌味を言うとんのに、薫君は変わらず優しい手と腕。
僕の望むモンをくれへんのやったら、突き放して欲しい。
けど、もう僕には行く所も無い。
「嫌や、もう…何もかも」
「そんな事言うなや。寂しいやん」
「知らんわ」
「どっか行くか」
「今夜中やで。何処行くねん」
「適当でえぇやん」
そう言うてぽんぽんと僕の頭を叩く薫君に、何や無性に泣きたくなった。
愛を知らんかったら、こんな事にはならへんかったんかな。
そんな思いは今更やけど。
敏弥が与えたモンは今でも僕を縛り付ける。
何も無いって言いながら、僕は与えられる事を望んで、すがり付く。
滑稽な事この上無い。
終
20110827
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