異なった感覚/京流
リビングの音質に拘ったコンポにヘッドフォンを繋いで。
毛並みの短いラグに変えた上に座って音楽の世界に入り込む。
京さんの大好きな声。
リピートで、何回も聴いてても飽きない。
京さんが持って帰ってたサンプルを聴かずに発売を待っててよかった。
やっぱこう言う楽しみもあったりするしな。
「…おい!」
「え…ッ!?」
爆音で音楽を聴いてたら、背中にいきなり衝撃。
不意をつかれて胡座を掻いてた身体が前のめりになって慌ててラグの上に手を付く。
京さんの音源の上に手を付かなくてよかった。
DVDとか割れそうじゃん。
ってか、何が起こったのかワケがわからずヘッドフォンを外して後ろを振り向く。
そしたら、外から帰って来たばっかであろう京さんが俺の後ろに立っていた。
多分、京さんに蹴られたっぽい。
背中痛ぇ。
「あ、京さんお帰りなさい」
「お帰りちゃうわ僕が何回も呼んどるのに何なんお前」
「すみません、気付かなくて…」
「……」
爆音で聴いてたから、外したヘッドフォンから漏れる音に京さんは眉をしかめて俺の後ろから離れてソファに座った。
コンポの電源を落としてヘッドフォンを端に置いて立ち上がる。
つーか今何時。
京さんが帰って来てる、って。
「るき、飯は」
「………」
「なん」
「…何か頼んでもいいですか」
「お前…もしかして忘れとったんか」
「ちょっと…音楽、聴くのに夢中で」
「…アホか死ね。ホンマ死ね。お前何なんちょぉ頭オカシイんとちゃうか」
「だって、京さんの新曲が良すぎるから…!」
「何や僕の所為やって言いたいんか」
「…いえ、」
ヤベー。
先に新曲聴いて京さんが帰って来るまでに飯作ろうと思ってたのに、曲に聴き入ってて時間過ぎんの忘れてた。
京さんが呆れた目で俺を見て溜め息。
「…もーえぇわ。寿司頼んで。寧ろ買って来いお前」
「えーじゃ、一緒に食べに行きましょうよ」
「嫌やし僕仕事で疲れとんねん。何でもっかい出てかなアカンの」
「…じゃ出前でもいいですか。歩くのだと遠いんで」
「チッ…」
「……」
京さん舌打ちされると怖ぇーんだよー。
でも謝ってばっかもアレだし、ここはさっさと注文してしまおう。
寿司か。
多分出前のってあった気がする。
他にもピザとか。
そう言うのって時々あると便利。
出前メニューを見つけて、携帯から電話を掛ける。
久々の出前だし、寿司だし、京さんちょっと機嫌悪いし。
一番高いヤツ頼んでみる。
俺も食いてーし。
京さんは煙草を咥えて火を点けた。
煙を吸い込んで吐き出す。
その動作をする人は。
まだ耳に残る声を絞り出してた人とは同一人物とは思えない。
「…何」
「や、京さんの新曲ライブで聴いた時とはまた違った印象で格好良かったなー…って」
「そりゃそうやろ。ライブはナマモノやし」
「そこがいいんですけどね」
「つーか発売日にわざわざ音源買って聴くとか、ファンみたいな事やめ。キショい」
「こればっかりは譲れません」
「ホンマ意味わからんし」
「あ、でもライブでは敏弥さんが、」
「っさいわボケ!黙っとれ!」
「……ごめ、んなさい」
京さんの予想以上の声に、身体がビクッと跳ねて。
それ以上言わずに口をつぐむ。
京さんかあからさまにイライラして、大きく煙を吐いた。
あんまり俺にどうこう語られんの嫌かな。
シン、と静まり返った部屋。
何となく、京さんの近くにいれない気がしてキッチンへ逃げる。
…寿司来るまでに吸い物作ろ。
野菜とかあればいいんだけど、寿司に野菜って何って感じだし。
キッチンの明かりを点けて。
今日作る予定だったメニューは明日に回そう。
そんな事を思いながらキッチンから見える京さんの後ろ姿を眺める。
あんま公式メール送って来たり。
ファンに対して随分優しくなった、ような気がする。
ちょっと嫉妬。
俺だって他の虜の様に、京さんのバンドの音楽が好きだから。
まぁでも『ファン気質なのを辞めろ』って京さんが言うのもわかるけどね。
プライベートまで『京』でいる必要はねーから。
ファンが知らない『京さん』のままでいたいって事。
…俺の前で。
それってすげー嬉しい事。
つーか、新曲発売に寿司とかって何かお祝い事っぽくね?
なんて言ったら京さんに怒られんだろうなー。
「つーかまだ?腹減った」
「まだ来ませんねー」
出汁入れて沸騰する鍋を見つつ、ソファに座る京さんの後ろ姿を見て微かに笑みを浮かべた。
終
20110622
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