僕を見るその視線@※/京流




身体が、自分の身体やないみたいに重い。

血塗れの半裸の身体にタオルを掛けて、支えようとするスタッフの手を払って楽屋のソファに倒れ込む様に座る。


疲れた。
しんどい。


ライブ中には何も感じへんかった、自分で引っ掻いた腕や身体の傷がズキズキと痛みを主張し始める。

それでもめんどくて、身体を伝う血液を拭う事もせずに溜め息を吐いて。
ソファの背凭れに頭を乗せて天井を見上げる。


スタやら人が撤収作業やら何やらで右往左往する足音が聞こえる中、蛍光灯の眩しさに左手を上げて光を遮る。

逆光で、今さっき自分で傷付けた傷が何本も赤い線として見える。

血は凝固し始めとった。


ぼんやりとその腕を見つめる。
あーもう、さっさと会場から出なアカンのやったな。


少し身体を起こして、自分の肩に掛けられたバスタオルを手に取る。

適当に身体を拭うと、白いタオルは斑に血の跡がついた。
そう柔らかくはないタオル地で乱暴に拭うとピリピリした痛みが走って眉を潜める。


もうえぇわ。
めんどい。

黒いTシャツでも着たらいけるやろ。


そう思ってタオルをソファに投げる。

と、不意に視線を上げる。


「────ッ、」


一瞬にして、自分の身体が強張るのがわかった。


「 、」


その名前を思わず言いそうになって、口元が震える。


ソファに座る僕の視界の中。

少し離れた所で、アンコの衣装から着替えた敏弥が僕の方を見下ろしとって。


それだけで、微かな痛みやった傷が熱を持って更に痛みを増した。


敏弥。


何でそんな目で、僕を見るん?


別れた時の表情よりも、もっと冷たくて僕を全身で否定しとるような、嫌悪した、そんな目。


嫌や。

何で僕が、そんな目で見られなアカンの。

僕の何が悪いん。

ただ、僕は、僕のやり方で表現しとるだけやん。


なんぼ心ん中で自分を正当化しても、一番身近におった人からの否定は僕の中を自分の付けた傷より深く抉る。


アカン、吐きそう。


ふっと敏弥の方から視線を逸らしてどっかに行った。

視線が合ったんは数秒やったかもしれんけど、頭がガンガンする。


僕が座っとるソファに、救急箱持ったスタが近付いて来たけど。
それを拒否って立ち上がる。


自分の服を適当に着込んで、持って来たカバンを引っ掴む。


何人かに声掛けられたけど、無視して足早に廊下を抜ける。


もう、この場にはおりたくない。


裏口から出て行くと、メンバーで乗るバンが停まっとって。

そこに乗り込んで、運転するスタにタクシー乗り場まで運んでって頼む。


戸惑うスタッフに怒号にも似た声で促すと出待ちのファンがおる中、車が発進する。


自分の傷だらけの左腕を見ると、微かに震えとって。
やり場の無い焦燥に、きつく手を握り締めた。










「あれ?京は?」
「あっ、京さんならさっき一人で帰りましたよ」
「はぁ!?」
「声掛けても何も反応なくて…」
「あんのアホ…ちょぉ手当てしたん?」
「いえ、拒否られて、」
「拒否られても無理矢理にでもやれやアホ!」
「っ、すみませ、」
「…いや、えぇわ。アイツが勝手にした事やしな」










適当な所で捕まえたタクシーに乗り込んで、携帯を取り出す。

何度となく呼び出した名前を履歴から呼び出して電話を掛ける。


数コールでもイラつく。
僕が電話掛けとんやから、さっさと出ろやあの糞ガキ。


ギリッと携帯を握る手に力が籠ったそん時。


『…はい、』
「お前今から来い」
『え、京さん今日ライブ…』
「僕んち。場所はわかるやろ」
『………わかりました』


間が空いて返答を聞くと、何も言わずに電話を切る。

戸惑う声にイラついて、乱暴にカバンに携帯を突っ込んで頭を掻く。


カバンの中の携帯がバイブ音を立てた。
着信は薫君。

そのまま電源を落とす。


明日もライブなんわかっとるし、勝手な事しとんもわかっとる。


もう今日のライブは終わったんやから、えぇやろ。


薫君じゃ、どうにも出来ひん癖に。


タクシーん中、左腕を引っ掻きたい衝動に駆られる。












「…遅い」
「すみません…仕ご…っ」
「煩い」
「……すみません」
「………」
「あ、と…すみません、急だったんで…お金、」
「………」
「今、度…持って来るんで、御免なさい」
「………」


僕が電話して、どの位経ったんか。

家に上げたコイツは、僕との距離を空けて何かゴチャゴチャ言うとった。
右手に持ってた剃刀の手を止める。


突っ立っとるソイツの方に目をやると、僕のやっとる事に目を細めて痛々しい顔で僕の事見とった。


「…お前、こっち来いや」
「……はい」


僕がそう言うと、ゆっくりと床を踏み締めて近付いて来た。

僕の顔は見てない。

視線は、僕の血が流れる腕と剃刀。


なん、そんな気になるん。

お前も。





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