ライブ前/京流
ライブ始まるまでの少しの時間。
リハもやったし、確認もしたし。
時間あるけど眠くも無いしって思って携帯と煙草を持って楽屋の外にある喫煙所へと向かう。
何やずーっとホテル生活やし移動も長いし雨やし外食ばっかやし喉の調子あんま良く無いしホンマ怠い。
早よ家に帰って寝たい。
…このまま帰ったらどうなるんやろ。
ちょっと悪戯心みたいなんは沸き上がったけど、仕事に中途半端なんも嫌やし。
すぐに思い直す。
でもこんな生活をして溜まるフラストレーションが、ライブに生かされるんやから皮肉なモンやな。
部屋を出て行く時、どっかから帰って来た薫君と擦れ違った。
「怠そうやなー」
「っさい」
「ちゃんと時間までには戻って来るんやでー」
「知らん」
苦笑い気味の薫君の言葉に適当に返して。
僕の頭を軽く叩く手を払う。
もう何年も一緒におって、昔から薫君は僕に構いたがりなんわかっとるけど。
えぇ加減、僕をガキ扱いする様な仕草やめたらえぇのに。
薫君に背を向けて、喫煙所へと歩いて行く。
隔離されたソコは、誰もおらんくて。
ベンチに腰掛けて煙草を取り出して咥える。
火を点けて煙を吐き出しながら、携帯をチェックする。
遠征中は、るきから頻繁にメール来るんよな。
返信してへんくても。
写メ付きデコメで。
30手前の男がようやるわぁ…。
煙草吸うだけで暇やったから、るきの番号を呼び出して電話をかける。
耳につく自分の声に眉をしかめてフィルターを噛む。
もうるきやからしゃーないって若干諦め入っとるけど。
何べん言うても聞かへんねん。
『好きなんです!』って理由で。
『…っ、もしもし…!』
「なん、仕事?」
『いえ、大丈夫です』
ホンマか。
出るん遅かったし、慌てとったし。
別に僕ん方も用事無いしな。
「仕事やったら切るわ」
『やっ、大丈夫ですから!切らないで下さい!休憩入る所だったんで!』
「うっさ…」
必死に言うるきがちょぉおもろかったりするから、るきの事情で切る気なんか更々無い僕は。
電話口でギャンギャン吠えるんに携帯を耳から離す。
煙草の灰を灰皿に落として、また携帯を耳に当てた。
『京さんライブどうですか?』
「声微妙」
『あぁー…スケジュール的にハードですもんね。持って行く加湿器増やします?探しますけど…』
「嫌やもう荷物増えるん。雨やし乾燥しとらん筈やけどなぁ」
『そっち方面、今日梅雨入りしたらしいですよ』
「あー…」
『ってか京都はどうですか?』
「どうも何も…寺行けるワケでも無いし怠い」
『あはは。ツアーですもんね。湯豆腐食べました?』
「んなモン飯で出るか」
『えー行きません?俺横浜で中華食いましたよ』
「あぁ、そんなメール来たな」
写メ付きで。
よう食うなコイツって思った気ぃする。
『京さん名古屋では味噌かつか手羽先かひつまぶし食べました?』
「あー…手羽先は出た気ぃする」
『マジっすか。美味しかったですか?俺も名古屋行くんで土産に買いたいなって思うんですけど』
「ほんなモン名古屋で買わんでも東京で買えるやろ。変わらんわ」
『ご当地物買うの好きなんです』
「あぁ…この買い物依存症が」
『ははっ、最近は減りましたよ』
「どーだか」
鼻で笑って、ほとんど吸った煙草を灰皿に押し付けて捨てる。
ライブツアー行く度に何や変わった調味料とか、あっためたらすぐ出来るヤツとか買って来とるやん。
ま、料理のレパートリーが増えるんはえぇ事やけど。
でも家に帰ってまでそんな出来合いのモン食いた無いわ。
『京さん明日は家に真っ直ぐ帰ります?』
「んー…多分。夕方頃帰るわ」
『じゃ、俺仕事なんで、冷蔵庫にご飯入れておきますね』
「はいはい」
『味噌汁もちゃんと温めて食べて下さいよ!』
「はいはい」
『聞いてねぇ』
「聞いとるって。ただめんどいなって思っただけ」
『ダメじゃないですか』
電話口で、るきが笑う声が聞こえる。
るきは何だかんだで、僕がツアーから帰った日は王道の和食を作っとったりする。
よう出来たヤツやん。
るきの癖に。
あーホンマ、早よ家に帰りたい。
『京さんに会えるの楽しみなんで、早く帰りますね』
「…つい最近も会っとるやろ」
『それはそれです』
「アホか」
下らん話をるきとして、もう1本煙草を取り出す。
よう喋るわ、ホンマ。
全部あった出来事言うとんちゃうかってぐらい。
アホやー。
名古屋出発前日も何か喋っとったのに。
そんなるきと話しとったら、溜まっとるフラストレーションもその時だけは忘れる。
それはそれで、良い事。
で、悪い事。
『じゃ、今日もライブお疲れ様です。早く帰って来て下さいね』
「知らーん」
言われんでも帰るわ。
ただ言うのが癪なだけ。
コイツとの生活が当たり前で安心する場所やって言うんが。
終
20110526
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