囚われた過去/京流




別に撮影とかなくて、家からファンデしてくって何か笑える。

そんな自嘲気味な笑みを浮かべてスタジオに入る。

メンバーはほとんど集まってて、俺の姿を見たれいたが手を軽く上げて挨拶して来た。


「おー、はよ。ルキ」
「はよ」
「昨日は盛り上がったかよー」
「は?」
「お前、昨日は『京さんの誕生日なんだー』っつってたじゃん。おかげで京さんの誕生日覚えたっつの」
「あー、うん」


れいたの言葉に曖昧な返事をして隣に座ってテーブルの上にカバンを置く。

やっぱ喋ると殴られた所がちょっと痛い。


コンシーラーとファンデで隠せたから、見た目ではわかんねーだろうけど。


そんな俺に、腑に落ちない顔をしてれいたが椅子ごと身体を近づけて来た。


「なに、何かあったのかよ」
「…別に、何もねーよ」
「そーか?」
「うん」


サングラスを外してテーブルに置いて。

訝しげな視線を向けるれいたの顔が見れずに、カバンの中をごそごそと漁る。

携帯携帯…、と。


あ。


携帯を探してると、朝カバンに入れたソレが手に当たって。
ソレを掴んでカバンから取り出す。


「あれ、ルキってそう言う系のジッポ持ってたっけ?買った、にしては年期入ってんな」
「あー…うん。俺のじゃねーよ。京さんの」


オイルが入れられてない、重厚なジッポをチンッと鳴らして蓋を開閉する。


京さんが要らないって言ったジッポ。

捨てずにそのまま持って来た。
家には大体京さんと共用で俺の部屋はねーし、持ってんのが一番バレねーかなって思って。


そんな事を思いながら、ジッポの形を指でなぞる。


「へー。京さんから貰ったの?いーじゃん。この年期入ってる感じがいいよな」
「んー…だな。これデザイン格好良いし。オイル入ってねーけど」
「じゃ、オイル入れりゃいーじゃん」
「うん、」


れいたの言葉にイジってたジッポから視線を上げる。


「れいたー」
「ん?」
「何かさ、男って付き合った女の過去とか聞きたくねーけど聞きてーじゃん」
「あー、うん。あんま経験豊富だと嫌だしなー」
「京さんは男だけど、俺ん中ではそれが当てはまるワケよ」
「うん」
「過去、京さんが誰と付き合ってたとか聞いた事ねーし。俺が貢ぎん時って何人も女がいたから、本気になった人いねーのかなって期待したりもしてたけど」
「……」
「これ、京さんにとったら大事な人がくれたヤツに思うんだよな」
「……そう思うヤツ、よく京さんがくれたな」
「捨てろって言われたヤツだけどな」
「え?捨てねーの?」
「捨てねーよ」


気に入ったから、とかそんなんじゃなくて。

一緒に暮らしてて、可愛がってもらってんのもわかってて。

でも時々、京さんには触れちゃいけない部分があって。


物分かりいいフリして、見て見ぬフリしてるけど。


どんな汚い手を使って金つくって。
金貢いでんのに殴られに行った俺が、貢ぎから本カノみたいなポジションに居着いた俺は。

過去に嫉妬しないワケじゃない。


思い出したくも無い思い出は、裏を返せばそれ程大事だったって事で。


「…ルキって、何でも京さんの言う事聞いてんのかと思った」
「聞いてるよ。大体は」
「捨てろって言われたの、持ってたのバレたら怒られねー?」
「あー、怒られる以上かも。でもやっぱ捨てらんねーよ」
「…何で?」
「………負けたくねーから」
「は?」
「過去の京さんの相手に」
「え?元カノと浮気してるとか、そう言う系?」
「ちげーよ。何か、なー…上手く言えねーけど」


開けっ広げに京さんは自分自身の事を話す人じゃねーし、俺が聞いてもはぐらかすだけだろうけど。


戒めになりそうな、京さんのジッポを指で弄ぶ。

使い込まれて年期入ってるソレは、いい感じの光沢を醸し出していた。


「…俺にはよくわかんねーけど…あんま気張り過ぎんなよー」
「ん」
「まぁ何かあったら、俺の広い胸で慰めてやっから」
「うわ、筋肉マンの胸かたそー」
「煩ぇ。胸筋ナメんな」


れいたの言葉に、少し笑う。
そしたら口元が痛くて、昨日あった出来事が思い出された。

それの原因であろう、このジッポも。


京さん。
俺、そんなに物分かり良くねーよ。


愛してるから。


その言葉を理由に、貴方の過去だって全部見たい。




20110508



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