「さ、さかいー!」
珍しく困惑している表情を見せる監督の腕に抱かれていた世良は、その大きな目からポロポロと雫をこぼしていた。
「ほぉら世良。だーだが来たぞー」
丹波が世良に声をかける。しかし、泣くのに必死なのかこちらを見る気配はない。
「ったく、ほい堺。パス」
全てを投げ出したかのような監督から俺に大泣きする世良を受け取った。
まだぐずる世良。
「おいコラ、泣き止め」
「堺ったらひどいこわいおに」
もっと優しくしてやれよ、と丹波は俺の頭を叩いた。
畜生、この両手が塞がってなかったらやり返してやるのに…!
相変わらず大泣きの世良。
ついでに暴れ出した。
赤崎や宮野が世良に声をかけたり頭を撫でてやっているが、泣き止む気配はない。
「こら、世良。いい加減泣き止めって。いい子だから、な?」
腰をつつく丹波に負けてついでに頭も撫でてやる。
「―…だ、だーだ?」
おおっ!と声があがるのを無視してもう一押しかと声をかけてやった。
「だーだ、だーだ!」
さっきの涙はどこへやら。
きゃっきゃと笑う世良がそこにいた。
「さ、さかいーっ!」
それからというもの、練習の最中にぐずりだした世良を何度あやしたことか…。
「じゃ、今日はおしまい。はい解散」
監督の気の抜けた声が響く。
俺の腕の中にはもちろん世良。ちゃんとわかっているのかいないのか、監督が話しているときは一言も言葉発しなかった。
さて、居残りしてシュートの練習をしていくか…。
ここ数試合、シュートが枠に飛ばない事が多い。何を焦っているのか、与えられた数少ないチャンスをきっちり決める事が今の俺の仕事なのに…。
「…丹波」
ピッチの上で世良とじゃれていた丹波に声をかける。
「何よー、堺が珍しいねぇ。俺に何させる気よ」
「―ッ、わかってんだろ本当は」
にやにやしているのは気にくわないが丹波はよっこいしょ、と立ち上がる。
「世良ぁ、だーだに指名されちまったからおとなしくしててな。んで、俺の素晴らしいセンタリングを見せてやる。でっかくなったとき、やっぱりMFやりたいって思わせるくらいのさ」
ビッと親指を立てて世良に言う丹波。ウインクなんかしてんじゃねぇよ、気持ち悪い。
けれど、
「馬鹿野郎。世良はMFにはならねぇよ」
「なんでよー?」
「アイツはMFなんて器用なポジション出来るかってんだ。世良は間違いなく本物のFWだよ」
認めたくねぇけどな。
「ばか堺、」
「あ?」
「そーゆーのはちゃんと本人に言ってやんなきゃなんねーの」
世良が聞いたら卒倒すっかもなー、と笑う丹波。
「―ハッ、」
「俺がんな事ポジション奪われた奴に言うわけないだろ」
アイツにはまだ、
地道に努力して貰わなきゃ困るからな。
俺が引退するその時まで。
(ーったく、素直じゃない奴)
(でも、)
(お互い高めあっていける関係ってのは良いもんだね)
さて、そろそろ事態の収集にかからないと…