「あ、うまい」

味噌汁を啜って、銀時はほっとしたように言った。

「またからかったらどうしようかと」

「な」

近藤と目を合わせて頷く。土方はむすっとし、マヨネーズの容器に手を伸ばした。その目新しい調味料に、土方は最近急速にはまりつつあった。

「悪かったな。俺は料理に向いてねぇんだよ」箸で銀時を指した。「お前とは違う」

銀時は笑い、自分の箸でアジの開きを丁寧に裂き、きっちり等分にした。半分を別の皿にのせて土方によこす。土方は飯茶碗にマヨネーズを絞りながら受け取った。いつもそうしている。近藤には一尾、自分たちは半分ずつ。

あの、銀時を連れ帰った冬の夜、話を聞いた近藤は銀時を抱き締めんばかりにして感謝し、大騒ぎで歓待した。よくトシを助けてくれた、ありがとう、ありがとう、飲め食え風呂をつかえ泊まっていけ、なに、行くあてがない?なんだそれならここにいればいいじゃないか、遠慮するな貧乏なのはお互い様だ、なあトシ。

−−近藤さんがいいって言ってんだから、そうしろよ。

ふたりで土間に並んだ時、土方はそう言った。銀時は熱燗の番をし、土方は肴にかまぼこを切っていた。風呂あがりの銀時は、土方の浴衣を着て半纏を引っかけていた。

銀時は土方に顔を向け、あやふやな笑みを浮かべた。座敷から、酔っ払った近藤の調子はずれの鼻唄が聞こえていた。

−−いいのかなぁ。

−−俺もよそから来たんだ。はじめはいい人すぎて疑ったけど、近藤さんは、信用できる人だ。

−−うん、そうなんだろうな。

徳利をつついて銀時は頷いた。それから土方の手つきを見て吹き出した。

−−へったくそ。幅がバラバラじゃねぇか。

−−あ?食えりゃいいじゃねぇか。

−−違うよ。替われ、やるから。

場所を入れ替え、包丁を握って、銀時はまた呟いた。

−−いいのかなぁ。





「銀時は今日もおにぎり屋か」

近藤の問いに、銀時は漬物をかじりながら頷いた。

しばらくはただごろごろと寝てばかりいたが、最近銀時はこまごまとした雑用を引き受けては小銭を稼いでいる。村人になじむのもあっという間だった。近藤も面倒見がよく人好きのする男だが、銀時はそれとはまた少し違った。人たらしとでもいうか、周りの人間に好意を抱かせるなにかがあるようで、いつの間にか人の中心にいる。幻術のようだ。

冬のあいだの男手の足りない家の力仕事や炭焼きの手伝いなどからはじめ、銀時は器用に、すきまに入り込むように小さな仕事を見つけてきた。例えば、からだの悪い年よりに代わって薬を貰いに行ったり、風邪っぴきの子供を半日看たり。礼は野菜や魚や菓子のこともあった。菓子だと銀時はことのほか喜んで、まあ近藤も土方も甘党ではないこともあるが、独り占めして幸せそうに食べるのだ。

−−その商売のここのところの流行りが、おにぎり屋というわけだ。春を迎えて忙しくなってきた農家の昼の面倒をみる。土方は最初なめていたのだが、意外なほど注文がついた。どうやら、便利というだけでなく、銀時のつくる塩味のしっかりしたおにぎりや、逆に甘みの強い玉子焼きが旨いというので、奥さん連中よりむしろ男どもが喜んで頼んでくるらしい。忙しいのは秋まで続くのだから、しばらくは台所が銀時の仕事場になりそうだった。

近藤は銀時が好きでやるならいいじゃないかと言う。それはそうだと土方も思う。だが同時に、そういった雑事にかまけて暮らすうちに、銀時の稀有な腕が鈍ってしまうのが、少し気に入らない。

強いのだ、銀時は。

それは初めて会ったあの時にも感じたし、何度か道場で手合わせして、さらに確信したことだった。

自分たちの道場剣術とは格が違う、実戦をくぐり抜けてきた強みと、それだけではない、恐らくはあのガキと同じように天賦の才と勘の良さと、

「おはようごぜぇまーす」

来た、と土方は顔をしかめた。





「おうおはよう」

勝手口から飛びこんできた栗色の頭に、銀時は洗い物の手を止めずに言った。

「おもてから入りなさいよ、沖田くん。ゴリならもうあっち」

道場の方を顎で指したが、軽い足音はかまわず近づき、隣に並んで覗きこんできた。

「今日のおにぎりは?」

「まだだって。それに今日は梅とおかかの予定だから。陽気もいいし、そば飯はしばらくやんねぇよ」

「あれ、旨かったのにぃ」

沖田総悟は、そう言って口を尖らせた。

今年で十二になるというこの少年は、すぐに銀時になついた子供のひとりだった。姉を別にすれば大好きな近藤にしかなじまず、「俺を目の敵にしてやがる、ほんっとかわいくねぇ」と土方はいつもうんざり顔だが、銀時はそうは思っていない。

−−たぶんこの子は、好きなものを他人にとられたくないだけなのだ。よそから流れてきた土方が道場に居着いて近藤と近しくなり、それどころか−−

「あら銀さん、おはようございます」

女の明るい声がして、振り返った。

「おはようさん」

「今日もおさんどんですか」

「そう。おにぎり三十握らにゃ」

「まあ。手伝いますよ」

女は目をみはった。そうすると弟によく似ている。

「いいよいいよ。どうしたの、アイツに用?」

銀時は洗い物を終え、手を拭きながら向き直った。薄暗い土間に、女の着物の柄が浮き上がって見えた。女はちょっと俯いたが、笑顔だった。白襟が清潔で、化粧っ気のない頬が光っていた。

「風邪は治ったと思ったのに、なんだか微熱が引かないんですよ。ひとりでだいじょうぶなのに、十四郎さんがお医者に付き合うってきかなくて」

「へえへえ」

銀時は笑って冷やかした。勝手に茶をつぎ、上がり口に座って朝の残りのたくあんをかじっていた総悟が、不機嫌そうにそっぽを向いたのがわかった。

女は沖田ミツバという。総悟の年の離れた姉で、優しい顔立ちと、ほっそりしたきれいな手を持っている。とんでもない辛党であることを除けば欠点のない女だと、銀時も思う。

「上がって待ってな。今お茶、っていうか沖田くん、姉さんにお茶」

「いいんです、お客じゃないんですから」

慌てる姉の横で、総悟はまだ膨れっ面のままだ。大事な大事な姉のことでも、「アイツ」が絡むととにかく面白くないのだ。奥から足音が聞こえてくると、彼はますます機嫌が悪くなり、たくあんが憎いというように歯を立てて音高くかじった。

土方もわかっているから、へたに総悟をかまいもしない。のそりと姿をあらわした彼はいつもの黒い着物姿で、無造作に草履に足を突っ込んだ。

「おはよう」

「うん」

「いいの?ほんと、ひとりで平気なのよ」

「うん」

愛想もないが、ミツバはにこにこしている。土方がそっとミツバの背を押して、ふたりは出ていった。それを見てまた総悟がギリギリとたくあんを噛む。銀時はひっそり笑った。





−−もう一本、ね、もう一本。

−−えー、もう疲れたよ、勘弁してよ。

−−だめ!だめでさぁ!

初めて道場で竹刀を合わせた日、総悟はとことん銀時に勝負を挑んできた。

できることはすぐにわかった。体格と経験のぶん、銀時が有利だっただけだ。それでも総悟の敏捷さと勘には舌を巻いた。すごい子供がいたもんだ、と思った。

だが、全身から湯気をたてて向かってくる総悟の向こう、黙って座り、だが食いつくような目つきを離さなかった土方の方が、心に残っている。

土方にはどこか、人に馴れない野良犬のような雰囲気がある、と思う。馴れないが人嫌いではない。警戒しているが無関心ではない。少し距離をとってぐるぐる回り、様子を見てから決める。たぶん−−馴れればまっすぐで一途なのだ。近藤といるアイツを見ればわかる。さっきだってそうじゃねぇか。ミツバにはいつも、ぶっきらぼうに優しい。

シャカシャカと米を研いでいた手が、いつしか止まっていた。朝の台所は静かで、清浄な空気に満ちていた。道場の方から、気合いの声が遠く聞こえる。沖田くん、イライラして門弟に当たってなけりゃいいけど。

−−おめぇは俺だけ見てりゃいいんだよ。俺だけに笑って、俺だけの言うことを聞いて、俺から離れるな。

そう−−言われたことがある。髪に差しこまれる指の感触がまざまざと思い出されて、背中にざわりと悪寒が走った。

−−お前、俺に、惚れてんの?

−−言わなきゃわかんねぇのか、馬鹿。

−−……、馬鹿って言った方が馬鹿、

唇を塞ぐ唇の熱さが蘇った。あれは忠実な犬になれと言われていたのかな、と今さら思う。それはちょっと嫌だな。でも、こいつのために生きたいと思った瞬間も、確かにあったのに、

「……いいのかなぁ」

銀時は苦笑い混じりに呟き、思い出したように米に手を浸した。水は冷たかったが、米に困らない生活ができるというだけで、銀時はひどく穏やかな気持ちになれた。毎日炊きたての飯が食えて、ゆっくり寝ることができる。怪我をして破傷風に怯えることも、熱をだした仲間に飲ませてやる水を必死に沸かすこともしなくていい。

終わりの見えない殺しあいをしなくていい。

銀時は米の水加減をはかった。さて、玉子焼きをつくり、漬物を切ろう。そういうことが、今はとても楽しかった。





「はいこれ、こっちはおかず。玉子焼きと菜花と漬物ね」

「ああ、ありがとうよ。まったく助かるよ、けど、銀さんの弁当に慣れちまうと口が贅沢になっちまうねぇ」

お得意さんになりつつある婆さんが、姉さんかぶりの下、しわくちゃの顔をさらに綻ばせて包みを受け取った。

「よく言うぜ。じゃ、毎度」

「明日も頼むよ」

銀時は手を振り、畔から小さな土手を上がって砂利道に戻った。と、向こうからやって来る黒い人影が見えた。束ねた長い髪が歩みに合わせてゆっくり揺れている。

「土方」

呼ぶと彼は顔を上げた。仏頂面がちょっとだけ緩む。彼は草履を引きずりながら、それでも少し足を速めて歩いてきた。

「配達かよ」

「ああ、今帰るとこ。ミツバは?」

太陽が真上にあって、春の陽光がうなじを暖めていた。土方は肩を竦めた。

「送ってきた」

「医者はなんか言ってた?」

「いや。別に悪いとこはねぇってよ。だったらなんでいっつも熱があんのか、それはよくわかんねぇから、栄養つけて休めってよ。ヤブだなありゃ」

一気にそう言って、ため息をついた。整った顔が拗ねていた。銀時はぽんと彼の後ろ帯を叩いてやった。その帯も日に当たって暖かかった。

「気ぃ落とすな。栄養ねぇ。後で餅でも持ってってやるか」

「……」

土方はこっちを見やり、なにか言いかけてやめた。銀時は笑った。

「だーいじょぶ、ツレのおんなに手ぇ出そうとか思ってねぇよ」

「ばっ……、そんなんじゃねぇ」

土方が僅かに頬を紅潮させた。

「おんな、なんて言うな」

「違うの」

「……」

銀時は指を鳴らした。

「ああ、意外と奥手なんだ、土方、」

ゴッと腰の辺りを蹴られて前のめりになりながら、銀時はまた笑った。女の話で他愛なくこうしてじゃれあえるなんて、幸せだなぁ、と思いながら。

「おめぇは」

不意に土方が聞いた。

「ん?」

「おめぇはいないのか、誰か」

少しのあいだ、砂利道を歩くふたり分の足音だけが響いた。やがて銀時は言った。

「いない、なぁ」

「ふうん」

「いいこいたら紹介して。バインバインでムッチムチなのがいいな。こう、帯の上で胸がこう」

言いながら、手で丸く膨らみをつくる。

「そういうのが好みかよ」

呆れたような土方に、にいっと笑ってみせた。

「安心した?」

「……、どういう意味だてめぇっ」

「蹴んなって!いてぇ!」





ふたりがぎゃあぎゃあ喚く声がだんだん近づいてきて、近藤は思わず声を出して笑った。銀時手製のおにぎりを手にして、総悟が見上げる。

「いやぁ、銀時が来てからこっち、トシは楽しそうだなぁ」

「ふん」

おもしろくなさそうに鼻から息を吐いて、総悟はおにぎりにかぶりついた。銀時が総悟にと特別にどでかく作ったおにぎりふたつ、梅のとおかかのと。沖田くんくらいの年ごろは胃袋に穴開いてんじゃねぇかってくらい、とにかく食うからねぇ、と、銀時はなんだか嬉しそうに言う。すると土方が俺だって育ち盛りだ、と仏頂面で張り合うのだ。

−−こいつらみんなと一緒に一旗上げられたら、なぁ。

最近、近藤はよくそう思う。こんな時代だからこそ、自分のような田舎剣士にも浮き上がる目があるのではないか。だが自分ひとりが浮き上がったってつまらない。どうせなら、人生はとことんおもしろい方がいい。

「総悟」

「なんです」

「おにぎり、旨いなぁ」

「はい」

総悟は縁側からおろした足をぶらぶらさせた。食い物の匂いに誘われたのか、どこからか野良猫が姿をみせて、にゃあと鳴いた。

















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