土銀




「なんで」

そう言ったきり、土方は固まった。まるで『絶句』という名の像のようだ。あー人間ってあんまりびっくりしたり呆気に取られたりするとこうなるんだー、と、俺はのんきに肘枕で頭を支えた姿勢のまま考えた。いや、実はのんきなんかじゃなかった。さっきから同じポーズをキープしているせいで手は痺れてるし、胸のあたりがじんわりと痛い。虫に喰われて穴があいていくみたいに。

土方はなんで、ともう一度言った。さっきの咄嗟に出たなんで、とは少し違った。理解しようとしてできない、まるで子供が訴えるような声音だった。ごめんね、と俺は答えた。答えになっていないことくらい、わかっていた。ごめんね。

お前に不満があるわけじゃないんだよ、俺が勝手なだけ、長く付き合うとだんだん面倒になってきちまう、いや面倒っていうか重い?いや、お前が重いってわけでもないんだけど、なんとなくね、なんとなく。いつまでもこんなだらけた関係続けるのもアレでしょ、お互いに、ね。

自分でも空疎にしか感じない言葉をズラズラと並べながら、俺は笑った。どうしてだろう、笑えてきた。土方は笑う俺を、初めて見る生き物を見るような目で見つめていた。薄暗い部屋の中で、彼の眼はとてもきれいに光っていた。あの白眼、舐めたいなあ、なんて、俺は不埒なことを思った。欲望ってやつは厄介だ。俺は土方が欲しい。今だってこんなに強烈に、お前が欲しい。

それなのに俺は、土方の目玉を舐めたいこの唇と舌で、彼に薄情な別れを告げている。薄っぺらい言葉の羅列は、きっと土方の心にかすり傷はつけても、刺し傷にはならないだろう。だからこそ、後になって、彼は深く深く傷つくだろう。

際限なく喋り続ける俺の口は、不意に生暖かいものに覆われ、俺は息ができなくなった。土方は、ひどく不器用に俺に口づけをして、僅かに震えた声で、ふざけんなよお前、と言った。俺の息はわななき、体が縛られたように動けなくなった。そのまま土方に押し倒されて、俺は柔らかい、まるでつまらない俺自身みたいに柔らかいシーツに沈んだ。そんなこと言うな、と土方が言っている。俺の髪を撫で、胸に胸を合わせて重なって、優しく乱暴に俺をかきくどいている。抗いかけた俺の手は、すぐにちからをなくして土方の背を弱く引っ掻いた。

もうやめようよ。なんの未来も見えない、この部屋と同じ薄暗い中にふたりで放り出されて途方に暮れているようなこんな関係、やめようよ。たぶん俺はそのようなことを言いたかったはずだけど、そんな簡単な理屈も、どうして真面目に口にできないのだろう。どんな思いも、この口から出る時には不純物混じりになって、別れさえきちんと言えない。いっそ土方がこんな俺を見限って見放してくれればいいのに。

「別れないからな」

そう言った土方の瞳に、ぼんやりと俺が映っている。何ひとつまともに始末できない、このくだらない俺が。本当に駄目なやつだ。その彼の目をやっぱり舐めたいと欲している、馬鹿なやつだ。土方の言葉になんだか安堵している、この俺は。










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