土銀




「あれえ、珍しい」

地面に落としていた視線を少し持ち上げると、埃まみれのブーツと、そこに軽く被った、ふざけた模様の着流しが見えた。俺はフンと言った。なんとなく、会いそうな予感がしていた。

「おめえも、甘味処なんて来ることあんのか」

万事屋は俺と同じ腰掛けに、しかし、行き会わせた連れにしては微妙に離れているように見えるだろう距離を置いて、座った。お茶を持ってきた前掛けの女の子を振り仰ぎ、あんことみたらし、と馴れた口調で言う。ハイハイ、と彼女は愛想よく応じた。

「今日はかき氷はいいんですか?」

「そうだなぁ。…懐がサビシイから、やめとく」

「またパチンコですか」

「今朝起きた時は、今日は神が降りてるって思ったんだけどなぁ」

アハハ、と女の子は伸びやかに笑った。じゃあお団子だけですね、と、まだ笑いを含んだ声で言いながら、パタパタと軽い足音を立て、小走りに俺の後ろを駆けていった。仄かに、甘い香りがした。こう言っちゃ身も蓋もないが、俺は、動物の求愛行動なんてものを連想した。彼女の頬はうっすら上気していたし、声は高く華やいでいた。そして、夏の果物みたいな甘い香り。

「あのさあ」

万事屋がものすごく嫌そうに俺の脇の空いた皿を顎で差した。

「団子にマヨはやめてくんない?それ、団子の神様への冒涜だから。汝、必ずや天罰が下るであろうぞ」

「天罰ねぇ」

俺は煙草をくわえた。万事屋は茶を啜った。道の端に溜まってとめどなく喋り続ける女たちがいる。手を繋いで通り過ぎるカップルがいる。汗を拭きながら足早に歩み去る男がいる。それらの向こうに、間もなく沈む夕日が、巨大な団子のようにぼうぼうと燃えている。

注がれる視線に気づいて横を見ると、万事屋が、体をはすにして、膝を支えに頬杖をつき、じっと俺を観察していた。俺はうろたえる。あのでかい夕日に、俺の内側のちんけな感情が、ちゃちな透かし模様のように浮き上がり、見透かされているんじゃないかと。万事屋が親しげに話しかける相手なんて、うっかり日なたに置き忘れたかき氷みたいに溶けて消えればいい、特に、頬を赤くしたり、甘い匂いをさせているやつは、などと、今、素早く考えた俺を、眠そうな眼が見抜いていそうで。

「気があるな」

万事屋の言葉に、めまいがする。やっぱり。ライターが一度空振りして、俺は手で火を庇いながら、慎重に煙草をつけた。

「…なにが」

「あの娘」万事屋は声を潜めた。「お前に、気がある」

思わず唇がだらしなく開いて、煙草が落ちそうになった。

「はあ?」

さぞ間抜けだろう俺の顔を、万事屋はまじまじと見て、ため息をついた。

「鈍ーい。鈍いよ多串くん。知ってたけど。もうスゲー知ってたけど」

「う、るせーな」

「あの娘おめえのことチラッチラ見てんじゃん。俺と喋っておめえの気ぃ引こうとしてんじゃん。まるわかりじゃん」

ニヤニヤしてやがる。面白がってやがる。人の気も知らないで。

夕日の最後の悪あがきに顔を刺されて、俺は目を細めた。万事屋のニヤニヤ顔に腹が立つ。暑いせいだ。くたびれているせいだ。万事屋が涼しい顔で団子を受け取って、多串くんお代わりは?なんて、わざとらしく聞くせいだ。

「要らん」

「あっそ。じゃ、かき氷、宇治金時で。支払いはそのお兄さんで」

「はあ!?」

「いいからいいから」

女の子はくすぐられたように首を竦め、はい、と俺を見て笑った。纏め髪の後れ毛が、ふわっと夕べの風にそよいだ。

俺が睨んでも、万事屋はニヤニヤ笑いをやめないまま、つと体を寄せてきた。万事屋からも、甘い香りがした。団子の匂いじゃなかった。

「かき氷食うだろ?アーンしてやるよ。あの娘、どんな顔するかな」

「……」

頭がぼんやりした。こいつ、なに言ってるんだろう。馬鹿なのか。おかしいのか。死ぬのか。死ねよ。

「明日も暑そうだな」

「あ、ああ」

「明日もかき氷食いてぇな」

「…どういう意味だ」

「さあ」

万事屋は狡く笑う。俺は、日なたであっという間に溶けゆくかき氷さながら、手も足も出ない。食中花の香りに逆らえない虫みたいに。畜生。










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