土方さんの部屋はいつもひんやりしている。おそらく、殺風景なせいもあるだろうが、どうやら土方さんは部屋を暖かくするのを好まないようなのだ。俺が差し出した報告書を読むあいだ、土方さんの指先では煙草が燻っていた。その煙が、ゆるゆると障子の方へと渦巻きながら流れていくのを、俺は見るとはなしに見ていた。
読み終えると、土方さんは眉間を軽く押さえて目を閉じた。ほとんど燃え尽きた吸いさしを灰皿に捩じ込み、俺を見る。この瞬間、土方さんの目はほんの少し、俺に優しい。
「よく調べたな」
「…いえ。手間取ってすみませんでした」
「いや」
無表情に呟き、土方さんは短いため息をついた。俺は聞いた。
「どうしますか」
「斬る」
なんのためらいもなく、土方さんは言った。はい、と俺も答えた。当たり前だ。下級隊士の中に、攘夷志士と通じている者がいた。今までにも時折あった事だが、そのたび、俺と土方さんとでこうして対処してきた。元より寄り合い所帯の真選組だ。いくら隊士を厳選したつもりで、たまに狡猾に紛れ込んでくる輩がいる。
「今夜、斬りますか」
「ああ。近藤さんには、言うな」
「はい」
それはつまり、誰にも言うなということだ。後は、土方さんが密かに始末する。このことを知るのは、土方さんと、俺だけ。
微かな高揚感が俺の脳を刺激する。これは、墓まで共有する、二人だけの秘密なのだ。どれほど汚く重くても、俺は喜んでその秘密を背負うだろう。俺は一生、土方さんの共犯者でありたい。
助手席に土方さんが乗り込んできて、くるまが少し傾いだ。土方さんの横顔に、今しがた降りはじめた雨の雫が伝って、それはまるでひとすじの涙のようにも見えた。
「任せて、いいか」
「はい」
俺は頷いた。いつだってそうしてきたように、トランクの中の死体袋は俺が人知れず処分する。死んだ隊士は、失踪扱いになるだろう。いずれみな、彼を忘れる。
俺と土方さんを除いて。
「屯所ですか」
「……いや」
今度は一瞬ためらったのち、土方さんは答えた。俺は少し笑った。
「いつもの所ですね」
「ったく、てめぇは」
土方さんは苦笑いし、煙草をつけた。俺は慎重にくるまを出す。気のせいに違いないが、余計な荷物を乗せたくるまは、いつもより少しだけ重い。
「だいぶ遅いですけど、旦那、起きてますかね」
「寝てんだろう、アホづらで」
「ハハ、たたき起こすんですか、気の毒に」
「別に、そんなこたしねぇよ」
盛りのついた犬じゃあるまいし、と土方さんは柔らかく言った。ワイパーが滑らかに動いて、雨を掃う。
万事屋の旦那と土方さんがそういう関係になったのは、もうずいぶん前のことだ。それも、俺だけが知る、土方さんの秘密だ。
不思議なことに、俺は一度も旦那に嫉妬したことはなかった。それどころか感謝すらしているのだ。土方さんと俺は、暗い秘密を深く葬る。旦那と土方さんはその痛みを理解し合う。明日の朝になれば、土方さんは何事もなかったように仕事に戻る。なんの問題もない。
「降ってきやがったな」
「そうですね」
「お前、一人で平気か。この雨じゃ」
「平気ですよ。気にせんで下さい」
そうか、と苦笑して、土方さんはシートにもたれた。細く開けた窓から煙が逃げ、かわりに雨と湿気が吹き込んでくる。弔いに似合いの夜だ。ひそやかな逢瀬にも。
「ここでいいですか」
「ああ」
「じゃ」
「山崎」
「なんです?」
「……」
ワイパーの動く音だけが響いた。やがて土方さんは息を吸った。
「なんでもねぇ。気をつけろよ」
「はい」
バタン、とドアを閉め、土方さんは俯き加減に背中を見せて歩いていく。旦那の顔を見れば、きっと肩の力も抜けるのだろう。それでいい。
ゆっくりとアクセルを踏んだ。タイヤが水を跳ねる。俺はこれから、名もなき墓を掘る。土方さんの共犯者である証に、形のない卒塔婆を立てる。泥にまみれて墓穴を掘りながら、俺はたぶん、満足して微笑むだろう。
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