暗い川岸にススキが揺れる。寂しい眺めだ。枯れ草と土の匂いがする。川にかかる橋はいつからあるのか、ずいぶん傷みがひどい。間隔を置いて、まるで待ち合わせでもしているような風情で女たちが立っている。もちろん、実際は待ち合わせなどではない。彼女らはカモを待っているだけだ。

橋を渡り始めると、女の一人が、面倒くさげに顔をしかめた。どうやら面が割れていたらしい。どんな秘密の合図を送ったものか、女たちはさりげなく散っていく。足音も立てずに彼女たちが消えた橋を渡る俺の下駄の音だけが、やけに無骨な響きを立てた。

橋の突き当たりに一人だけ、欄干に凭れたまま動かない女がいた。白い布で頭を覆って、薄朱い着物を夜風に靡かせ、寒いのか、袂に手を入れている。

「あら、お兄さん」

女は顔を上げて悪びれもせず、俺に笑いかけた。化粧をして、まぶたには仄かに朱を差しており、唇は濡れたような艶を帯びていた。

俺は足を止めた。下駄の音が消えると、ざわざわと流れる川の水音と、ススキの、時折かさこそ鳴る音だけが耳に残った。

−−知ってますか、土方さん。あそこの橋に、時々、銀髪の女が立ってるんですよ。それがまた、万事屋の旦那にそっくりで……。

山崎はさらになんやかやいつものタラタラした口調で喋っていたが、俺はあまり聞いていなかった。驚いたし、あんなふざけた頭の娼婦がいてたまるか、とも思った。だが何より、会ってみたいという欲望が沸き上がってきたのには、自分でも呆れた。

「お兄さん、どこかで見た顔だわね。テレビや、新聞で。いつもおっかない顔してる」

女はそう言って、口元に手をやってクスクス笑った。色は白いが手は骨っぽくて、背の高さも俺とほぼ変わらなかった。長い銀髪を結んで垂らしているが、顔も声も、いつの間にかよく覚えてしまった、あの野郎のものに違いなかった。

「てめぇ」思わず尖った声が出た。「そんな仮装で、何してやがる」

「なんのこと?」

女は軽く首を傾げた。しぐさはまるで本物の女のようだ。頭を覆った布で喉仏が隠れているからなおさらだ。だが、声は確かにあいつの、緩く投げやりなそれだった。

「しらばっくれる気か?てめぇみてぇな目立つ頭が江戸に二人もいてたまるか。とっととそのふざけた格好をやめろ。万事屋の仕事には、こんなことも含まれるのか?今すぐしょっぴいてやってもいいんだぞ」

「……まったく、女のなりしててもちっとも優しくしてくれないのね、鬼の副長さんは」

女は頭から布を外してやっと真正面から俺を見た。つけ毛と化粧を差し引けば、あの、見慣れたツラに戻るだろう。しかしなんだってこんな馬鹿げたことを、と言おうとして、俺は言葉を飲み込んだ。女の手が俺の腕に置かれたのだ。手は骨張ってごついくせに、しぐさは柔らかくなまめいていた。

「早く、どこか温かいところに行かない?」

女の顔をした万事屋は、そう言ってうっすら嗤った。





目が醒めた時、安宿の色褪せた天井の染みを、やけに生々しく意識した。つい何時間か前、俺に跨がって身体を揺すっていたあいつの肩越しに、その染みが微かに見えていた。

着物の衿を開いてみると、やっぱりやつは男の身体で、にんまりと笑った顔も、あの、憎らしい、俺のよく知る万事屋のそれだった。顔を寄せると、白粉か紅の煤けた匂いがした。

−−なんで、こんなことをしてる。

−−好きだから。こうして、誰かに身を任せるのが、好きだから。

裸になっても、身体を繋げても、万事屋は彼岸にいるように遠かった。化粧のせいだけでなく、彼自身がどこかに息を潜めて隠れてしまったように。

彼はパー子ちゃんと呼んで、などとふざけたことを言い、いくら問いただしても、自分が万事屋をやっている坂田銀時だとは認めなかった。何を聞いても知らない、知らないと笑っていたが、やがて、根負けしたのか、ため息をついた。

−−もう、いいや。そうよ、昼間のこいつは万事屋なんてつまんない商売してるけど、夜になればあたしに体を譲ってくれるから。

だから、ほら、ね、と囁いて、万事屋は俺を跨いだ腰をゆっくりと落としていった。男相手にいきり立っていた俺のモノは、意外にすんなりとくわえ込まれた。あ、あ、と彼は、喉を見せて気持ち良さそうに喘いだ。俺は混乱したまま、下から見上げていた。確かに俺は万事屋に気があった。でも、どうやら俺と交わっているのは彼ではないらしかった。

−−これがこいつの本性なのよ、どう?嫌になった?

俺の耳たぶに舌を這わせながら、パー子が言った。熱いはずの吐息が、妙に冷たくて、俺を震えさせた。

−−淫乱で、飢えてて、男なしじゃ生きてけないの。あんたが知ってるあいつは、本当のあいつじゃない。自分を偽って、それに嫌気がさしながらも、しょうがなく生きてる、かわいそうな男。

蔑むようにパー子はそう吐き捨て、触って、と俺の手を自分の下腹へ導いた。その手を押しとどめて、俺は聞いた。

−−お前は、あいつの何なんだ?

パー子は潤んだ目で見下ろした。彼が身を屈めると、髪の毛が俺の胸を冷たく撫でた。

−−支配者よ。

紅の取れかけた唇が弓形を描いた。





数日後、巡回中に偶然彼と会った。いつものおかしな着流しをだらしなく着て、甘味処で団子を頬張っていた。

−−よぉ、税金ドロボーども。

半分寝ているような目で、彼は俺たちをからかった。一緒にいた総悟がじゃれかかり、旦那は気楽そうでいいですねぇ、などと言った。

−−あ?こう見えて、俺だって色々あんのよ。なあ?

万事屋は笑いながらそう答えて、俺に目をくれた。反射的に体が強張ったが、彼は別にあの夜のことを言っているわけではなさそうだった。

−−貯金は全部パチンコ屋だし、お小遣いは全部お馬さんのおやつに寄付しちゃったし、ここの支払いはツケだし、あ、総一郎くん、親友なんだから払ってよ。

−−ったく、しょうがねぇなぁ。オイ土方、金出せよ。持ってんだろ。

馬鹿馬鹿しい、馴れたやり取りだった。目の前の万事屋はいつもの人を食った表情で、もちろん化粧もしていなければ、俺と何かあったなんておくびにも出しやしなかった。

忘れているのか。あれは、こいつの知らないこいつがしたことなのか。





それからも何度か、俺は橋の上でパー子と会い、虚しい関係を持った。パー子はいつも俺を嗤った。あんな男に惚れてるの、馬鹿みたい、と言った。あいつはあたしに逆らえないのよ、とも言った。

ある夜、俺は思い切って頼んだ。

「なあ、今度はあいつに会わせてくれないか。お前に逆らえないなら、そうさせることは簡単だろう?俺は一度、あいつとちゃんと話してみたいんだ」

パー子は着物を肩にかけて振り向いた。うんざりした顔をしていた。

「つまんない男ね、あんたも」

白い肌には、今しがた俺がつけた跡が薄紅い痣になって残っていた。明日の朝には消えてしまうのだろうか。

「頼むよ」

重ねて言うと、パー子は眉を持ち上げ、俺から煙草を奪ってひとくち吸った。俺の顔目掛けて煙を吐き、吸いさしを揉み消して、言った。

「そんなことを言うなら、もう会わない。さよなら」

「おい」

掴もうとした着物は、スルリと手をすり抜けた。

「あいつが幸せになることなんてないのよ」

それが、パー子の捨てぜりふだった。





秋の終わりの冷たい雨が、まるで季節を弔うように降っている。俺は傘をさして、ゆっくり橋を渡っていった。臆病にも、傘で視界を遮ったまま。

女たちはいなかった。この天気じゃ商売にならないのだろう。

橋の終わりに差しかかった時、黒いブーツの足が見えた。俺は傘を持ち上げた。雨に濡れた万事屋が、欄干に肘を突いて、ぼんやりと川を眺めていた。いつもやたらふわふわしている銀髪がぺしゃんこで、別人のように見えた。

「風邪引くぞ」

傘をさしかけてやると、万事屋はうん、とだけ呟いて、それからのろのろと俺を見た。色をなくした唇が動いた。

「……悪かったな。もう一人の俺が、わるさしたみてぇで」

そう言って、彼は泣きたそうな顔で笑った。俺は腕を伸ばして彼を抱き寄せた。冷えきった身体が、やがてためらいがちに凭れてきた。

「ゴメン」

「馬鹿、謝るのは俺だ」

「違う。俺はうすうす分かってた。でも知らない振りをしたんだ。恐くて」

万事屋は深いため息をついた。彼の背中をさすりながら、俺は言った。

「早く、温かいところに行こう」





−−なにさ、結局あたしはただの当て馬じゃないの。

パー子がふくれた声で抗議した。俺は答えた。

−−俺は確実に土方を捕まえたかっただけ。言っただろ。…お前は俺に逆らえない。

−−むかつく。

パー子はまだキーキー怒っていたが、俺は彼女を意識から遮断した。静かになった。

隣で、俺を守るように傘をさした土方が、ひどく真剣な顔をしている。きっと、宿に着いたら風呂を沸かしてくれて、濡れた服を乾かしてくれるだろう。そして、ずっとお前とこうしたかったって言って、俺を抱く。

俺の勝ち。

「大丈夫か?」

「大丈夫。寒いだけ」

肩が小刻みに震えるのを、土方は寒さのせいだと思ってくれるだろう。










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