みんなが知ってる銀さんは、だらしなくてやる気がなくて天パで死んだ魚のような目をして、たまに、ほんとにたまにその気になるととてつもなく強くて、必死に命懸けで大事なものを守ろうと無茶でもなんでもしちゃう天パで優しい、そんなひとでしょう?

そう、銀さんはそういうひと。普段のあまりにだらだらした暮らしぶりと、いざという時に見せるかっこよさのギャップときたら、一番のファンを自認するわたしも、めまいがしそう。

だけど、あの、だらしなくて強くて優しい銀さんにも、いとも簡単に相手に膝を屈する瞬間があるんだってことを、たいていのひとは知らないでしょう。実を言うと誰にもたったひとり、そういう相手がいるのだけれど。





驚いたことに、ひとりじゃなかった。

ある時は銀さんと同じくらいもじゃ髪の、ずうたいと声の大きな男。彼はあっけらかんと明るくて、たぶん、ちょっと馬鹿。でも、銀さんにはわかりやすく優しいし、身につけている物は高そうだ。金持ちらしい鷹揚さで、銀さんの言うことをなんでもうんうんと聞いていた。体位は騎乗位が好みらしい。乗っかった銀さんは、やっているさいちゅうも息を切らしながらよく喋った。応じて男もよく笑った。なんというか、やたら余裕のある、あるいは惰性や習慣で続いているセックス。そんな感じだった。

またある時は、片目を包帯でふさいだ線の細い男。……実は時々ニュースなんかで顔を見る、有名なテロリストだ。銀さんとはどうやら古い仲みたいで、ざっくばらんな口をきく。銀時、と馴れた調子で呼び捨てにして、銀さんの髪にちょっかいを出す。銀さんはいやがっているようで、実は楽しんでいる、たぶん。男は銀さんを四つん這いに押さえつけていじめるようなやり方をするけれど、本当は、リードしているのは銀さんの方じゃないかと思う。男は馴れ馴れしく銀さんに腕枕をし、銀さんも口ではうぜえめんどくせえとか言いつつ、おとなしくその腕の中に納まっていた。男は銀さんを寝かしつけ、未明のうちに消えるが、実は銀さんは寝ついてはいない。男が去ったあと、しばらく寝返りをうってうだうだしている。寂しそうな、切なそうな、銀さんには珍しい、なんとも煮え切らないオーラがもやもやと漂っている。

他にも、いかにも溜まってそうにがっつくのにすぐスタミナ切れになっちゃうかわいそうな無職のオッサンとか(銀さんがガラにもなくすごーく優しく慰めてあげてた。ものすごい哀愁が漂っていた)、ちょっとわたしと同類のニオイのするこ地味な男なんかもいた。こ地味でひ弱そうなくせになかなか激しくて、こいつとしたあとの銀さんはかなりぐったりして、その疲労を盾に男をこきつかう。−−アイスとプリンといちご牛乳買ってきて、あと、コメも。あ、醤油と味噌も切れてたかな。−−なんでそうなるんですかっ!!

そういう、いわば華麗なる遍歴、あるいは戦歴の末に、いわば真打ちが登場したわけ。





おかしいな、と思ったのよ。銀さんはそれまで、もじゃ髪がきたらまず真っ先に大量のお土産を催促して受けとるし、さっき言った通りこ地味は容赦なくおつかいに出すし、テロリストも何かしらこっそり貢ぎ物を運んでくるらしかったし、気の毒な無職さえ、「これ、安もんだけど」とおずおずと一升瓶を差し出すのを遠慮もなく当然のごとく受け取って、まったく平気な顔をしていた。なのに。

最初の夜、その男は迷いながら、「金、払った方がいいのか……?」と口にした。銀さんはぶんぶん首を振った。

「バッカ、そんなんじゃねぇよ、お前なにゆってんの、これだからモテない男はかわいそうだよ、おれがそんな、金目当てでこんなことするとか思ってんのバッカだねー」

似たようなもんじゃないのおおお!

とわたしは心の中で思いきり突っ込んだけれど、赤くした顔いっぱいで笑っている銀さんがあまりにも普通じゃなくて、テンパっていたので、こっちまで混乱してしまいそうだった。

男はぶっきらぼうでいかにも不器用そうで、うまくいくのかしらとわたしは心配した。でもそんなのは杞憂だった。布団に引き倒されて、銀さんが耳元になにかささやくと、男はスイッチがはいったように夢中になった。ふたりとも息を荒くして、まるで早くも結合したみたいに絡み合ってくっついていた。男は銀さんを強く布団に押しつけて、銀さんの全身をまさぐった。気持ちいいのか、と男が問うと、銀さんは大きく頷いた。ほんとにすごく気持ち良さそうだった。

ひじかた、と銀さんは男の名を呼んだ。聞いたことがないような、闇に溶けて空気を甘い味にしそうな吐息で。肌を擦りあわせる音も、舌を絡ませる音も、すべての気配が、今までの相手とは違っていた。銀さんはとても優しく男の背を撫でた。男と繋がった時、まるで子供が泣くような声をあげ、男の下でぐしゃりとつぶれて、喘ぎ、もがく銀さんは、なんだかほっとしたように見えた。銀さんはあの強い銀さんじゃなかった。みずから膝を折って敗北したのだ。それはとてもしあわせな負けであるように、わたしには見えた。





男と銀さんは、殴りあって倒れたケンカ友だちのようなかっこうで眠る。布団を取り合い、途中で目が覚めたら、悪態をつきながら相手を蹴ったりどついたりさえする。

ある晩、目覚めたのは銀さんの方だった。銀さんは横で寝ている男の背中を遠慮なく蹴飛ばしてから、むくりと体を起こした。

男は蹴飛ばされた瞬間なにか呻いたが、それきり、よく眠り続けている。銀さんはしばらく眠そうな目で男を眺めていた。

「さっちゃんさあ」

銀さんに急に呼びかけられてわたしは少し驚いたが、すぐに天井から逆さまにぶらさがってなあに、と聞いた。銀さんはぶすっと言った。

「おれ、ばかみたいじゃない?」

「……」

わたしは逆さまのまま腕組みした。

「……そうね。でも恋なんてしょせんばかばかしくてナンボじゃないかしら」

銀さんは笑った。

「恋ね。そうか、恋ね」

「……」

男に毛布をかけてやるために体の向きを変えて、銀さんは言った。

「そういやお前もすごくばかだもんなあ。おやすみ」

「おやすみなさい」

わたしは天井裏に戻った。銀さんが男の背に寄り添って眠りにつくまで見つめていた。恋をされている男は、手足をのばしてのんきに眠り続けている。










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