ブラック、と言っても言っても、坂田は懲りずに甘いやつを買う。買い置きしとけ、と言っても言っても、俺の煙草をちょうだい、とねだる。俺が睨むとイヒヒ、と笑う。いまどき煙草代も馬鹿にならねぇんだ、買わねぇなら吸うな、吸うなら買え、と俺が百パー正しい理屈を聞かせてやっても、ハイハイと言いながらもう、俺の煙草を抜いている。そして煙草に合わない甘ったるい缶コーヒーをうまそうに飲むのだ。

俺と彼はそんなふうに、何から何まで合わないはずなのに、なぜかパーフェクトにぴったりくる部品をお互いに持っていて、それが俺たちを離れがたくさせているのだと思う。でなければ、いい年こいた男二人、殴りあいのケンカも浮気もしながら、ずるずるとくっついていることの説明がつかない。飽きたというならとっくに飽きているし、めんどうといえば初めからめんどうなのだ。こんなことは。

もともとは、家賃が払えなくなった坂田が、しばらく泊めて、と転がりこんできたのが始まりだった。俺と違って仕送りもなしにバイトと奨学金で大学生をやっている坂田に、俺はうっかり同情したのだ。その日のうちに(実際、日付けが変わる前に)、俺の操は奪われていた。−−いや、厳密に言うなら俺が乗っかったには違いないのだが、俺のアソコと主導権は完全に坂田が握っていたのだから、奪われたと表現してかまわないだろう。俺はぼんやりと、まあ、気持ちよかったし、いいか、どうせ同じベッドに寝るしかねぇんだし、いつまで泊まってくのかな、明日の講義なんだっけ、こいつと一緒だったっけ、煙草吸いてぇなあ、向こうの部屋なんだよなぁ、テレビもつけっぱなしだ、とか、とりとめなく色んなことを次から次へと思い浮かべていた。坂田はベッドを三分の二以上占領して、口を開けて眠りこけていた。銀色の髪の毛がもつれて、俺の肩にあった。

そうしてなし崩しに同居し始めて、俺は坂田の、だらしないところや、サボり癖、テスト前だけ要領よく勉強する適当さなんかをよくよくつくづく知ったけれど、それでも坂田にはどこか、決定的に嫌いになれない何かがあって、俺を離さなかった。部屋じゅうがめちゃくちゃに荒れるほどの大喧嘩をしても、飛び出した翌日には坂田は必ず帰ってきて、俺をブツブツ罵りながら部屋の片づけを手伝った。きれいにしたばかりの床に俺を押し倒してキスしながら、坂田は言った。−−やっぱりお前がいいんだ、なんでかな。

なんでか、は、俺も坂田もたぶん今でもわからないままだろう。たぶん。何度も言うが、坂田は甘ったるい缶コーヒーばかりでブラックを買ってこないし、俺の煙草は我が物顔で吸うし、それはもう欠点だらけで、俺の言うことなんて聞きやしないし、ああ、ついでに社会人になっても朝寝坊して、酒癖は最悪だ。それらの色々を押し退けるほど、坂田でなければならない何か、たったひとつの見えない何かが、彼にあるから、きっと一緒にいるのだろう。

ネクタイを締めながら、俺はつらつらとそんなことを考えて、ワイシャツのカラーを整えた。指を髪に通すと、坂田の、柔らかくてすぐもつれる、あの髪の手触りと匂いが恋しかった。いや、どうってことはない。ただの、ちょっとした、いつものケンカだ。夜中に坂田は飛び出していき、朝になっても帰らない。いつものことだ。ひとりの朝は静かで、ベランダの外でスズメが鳴いているのが聞こえた。普段は気にもとめないその鳴き声が、ほんの少し、俺を落ち込ませた。

帰りに買い物をして、冷蔵庫には缶コーヒーを冷やしておこうと思う。煙草も余分に買っておく。一発くらった腹は痛むが、あいつも同じくらいには痛いだろうから、それはあいこにしてやるよ。だからさ。

靴をはいてドアに手をかけた時、携帯が振動した。あわてて引っ張りだし、メールを読んで俺はやっと笑った。どうして一緒にいるのかなあ、俺たち。こんなに欠点だらけのふたりなのに、どこかに、互いに唯一無二の部品を持っている。だから、こうして笑って、今夜はまた、ふたりになる。










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