どうして?

そう聞いた顔はまだ幼く、見開かれた大きな瞳がキラキラと輝いていた。だけど、そのあどけなさにはもう引っかからない。あどけないもんか。かわいい顔をして、こいつはちょっとした爆弾なのだ。ずる賢いし要領は良いし色々と俺よりウワテだ。知っている。

「どうしてって聞かれても、そう決まってるもんはそうなんだからしょうがねぇじゃねぇですか沖田先輩」

わざとやっているに違いないどうして責めに疲れて、俺は棒読み口調に答えた。丸い頬が不満げに膨らみ、子供っぽい唇がむうと尖る。かわいいはかわいい。かわいいがめんどくさい。

「おかしいじゃないかよ。いくらお話だからって、全部が全部、『そしてみんな幸せに暮らしました』で終わるわけねぇじゃねぇか。土方バカヤロー」

「そうっすねー。俺にもわからねぇっす」

暑い。風がぴたりとやんで、熱気がぐったりと部屋中に横たわっている。押し潰されそうだ。沖田先輩こと総悟のすべすべした額にも、じんわり汗が浮いている。いつの間にか止まっていたうちわをゆっくり動かすと、総悟はうーんと唸った。

「早く寝てくださいよ先輩」

「お話」

「もう無理です」

俺はあくびを噛み殺し、ぬるくなりかけている木桶に手を突っ込んだ。手ぬぐいを絞っていると、総悟が言った。

「いらない」

「ダメだ。まだ熱があるだろう。ガキはおとなしく金太郎の腹がけして寝ろよ」

うっせーとか土方のくせにとか、総悟は口の中でもごもご呟いたが、少し目がトロンとしてきていた。額に手ぬぐいをのせてやると、顔の力を抜いてため息をついた。

黙ってりゃかわいいのになあ、ともう何度も思ったことをまた思う。熱があるだけでそんなに心配ないから、と、俺に留守番を頼んだ人は笑っていたが、この真夏に熱を出すのはしんどいだろう。お話お話とやたらせがむのも、不安だからなのかも知れない。

ぼんやりとそんなことを考えながらうちわを使うと、なんとなく懐かしい匂いがした。開け放した縁側から濃い緑の香りと土の香りが入ってくる。少し風が出てきたか。夏だなあ、と口にはださず呟いた。遠くで蝉が鳴いている。

総悟は寝息を立て始めていた。ガキのくせにきれいに整ったまつげや、唇のかたちが、姉によく似ている。こいつも普段はべらぼうに元気に暴れているわりに、すぐちょっと熱を出したり風邪を引いたりするが、俺は彼女の方が気掛かりだった。いつもあまり体調が良くないのに、医者にかかってもどこが悪いのかいまひとつわからないという。今も薬を貰いに隣の町まで行っているが、いつだったか、お薬なんてどこのも一緒よ、と、うどんに例のごとく二本めの一味を振りかけ…というかぶちまけながら、ほがらかな笑顔で言っていた。じゃあ今度はのんびり足を伸ばしてうんと遠くの病院にでも行ってみるか、とか、どこかに必ず合う医者がいるはずだから一緒に探そう、とか、なにかそういう、彼女を励ます言葉のひとつでも言えればよかったのかも知れないが、俺は黙ってマヨうどんを啜っていただけだった。

不意にうなじがひやりとして、俺は束ねた髪の下、首に手をやった。なんのことはない、汗が伝ってきただけ。また風は止まってしまったらしい。桶を持って立ち上がった。総悟はよく寝ている。柔らかく緩んだ顔で。

薄暗い台所で、桶に氷をざらざらと足した。静かな屋内に、俺が立てる不粋な音が響いた。ついでに氷のひとかけらを口に放り込んだら、それはややしばらく口中にとどまっていたが、やがてするすると滑らかに喉を落ちて消えた。

田も道も乾ききっている。ここらで一雨くればいいのに、と、ろくでもない予感を吹き消したくて、俺はそんなことを考えていた。

どこかで短く犬が吠えた。










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