「考えてみることはねぇか?例えば人生が十三階段だとして、今自分は何段目にいるんだろう、なんて」



坂田は首を捩って、いきなりつまらなさそうな口調でつまらないことを言い出した男を無言で見下ろした。男は片腕を枕にして、もう一方の手で煙草に火をつけていた。裸のままの胸が、ゆっくりと煙を吸って膨らみ、満足そうに吐いて戻る。その皮膚の下に肉があり、今この瞬間も動き命を刻む心臓があるのだ、と、坂田は漠然と思った。

「さっさと昇り切っちまいたい、とでも思ってんのか?」

坂田は質問で答えた。何となく、男がそうして欲しがっているような気がしたからだ。男の黒い鋭い目が空を泳ぎ、一瞬、憧れるように虚ろになった。

「そんなこた、考えてねぇけどよ」

男はくわえ煙草の唇から、淀みなく嘘を吐く。だが彼は嘘が下手だ。本物の嘘つきならせめて笑いながら言うだろうに、きまじめにしかめっつらをしている。坂田は少しだけ男を憐れんだ。男は、恐れているのだ。自らの手が血まみれであることを。いずれ来る最期の時を。別れを。

−−お前なら、本気になる心配もねぇし。

さすがに呆れるほどの、ひどい口説き文句だった。それなのに、男は哀願するように坂田を見つめていたのだ。はねつけられることを怖がっていた。坂田から唇を合わせた時、男の全身は微かに震えて強張った。

生きることはたやすい。死を恐れなければ。愛されることもたやすい。飽きられることを恐れなければ。だが、愛することは難しい。誰だって、ぶざまな姿を他人にさらしたくはないものだ。

「…なんか言えよ。いつもみてぇにくだらねぇことをよ」

焦れたように男は言い、短くなった吸い殻を小さな灰皿に潰した。昔どこかの店から盗んできた、絵のついた陶製の灰皿だ。その絵が気に入ったから盗んできたのに違いないのに、今はちっとも良いと思わない。だが灰皿を請われれば存在を思い出す。実際、さっき取り出した時に、懐かしいなと顔が緩んだ。まるで昔の恋人のようだ。

「こういうのはどうだ?」

男の視線が横顔に当たる。強く、弱く。男の心臓は動き続けている。身体は熱く、手足は伸びやかで強い。肌はきれいだ。どれもつい今しがた知ったことばかりだ。過不足はない。

「仮にさ。十二段目まで行っちまってるとしても、そこから足を上げない限り、終わりは来ない」

「……」

男はため息をつき、やがて空いた腕で坂田の肩を掴んで引き倒した。馴染み初めた男の匂いを吸い込みながら、坂田は微笑した。彼からは血のにおいがする。彼は足元の確かな現実を生き、明快な戦いを好む。その剣先には迷いがない。自分とはまるで違って見えるその生き方を、本当は鏡に映したように似ているのかも知れない、とかねてから感じていた。彼を見ていると思い出す。この身体の中のどこかに、まだ凶器のかけらくらいは残っているのだと。

十三階段。そういえば自分も、ずいぶん早くにそのあらかたを昇ってしまったのではないかと思う。それでもまだ、最後の一段は残っている。こうして、男の胸に口づけして、穏やかな鼓動がしだいに強く早くなるのを待っている僅かな時間を愉しむくらいの余裕はあるさ。

「…今夜は一緒にいてくれよ」

囁いた坂田の髪を、男の無骨な指が慣れぬ手つきで梳いた。いつか別々に昇るだろう最後の一段を、今は遠ざけておこう。快楽と戯れの向こうに。










「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -