寝転んで薄青い空を眺めていたら、派手なくしゃみが出た。ちょうど土手を通りかかった女が、それを聞いてくすりと笑った。目が合うと女は、目尻を下げて更に笑顔になった。一応、笑い返しておいた。たぶんそれが正しいに違いない。普通の人間としての振る舞いだ。

違うか。普通の人間ならこんな真昼間から土手に寝転んで、ぼんやりと空を見上げてはいないだろう。働いたり学校へ行ったり家を片付けたり。あとはそうだな、んまい棒を食いながら会合をしたり?気取って三味線をつまびきながら、はかりごとについて思い巡らしているやつもどこかにいるだろう、一人くらい。

今の俺には何もない。自由だ。ただし、その代わり、日々退化していく。しかたがない。これは摂理だ。

ふわりふわりと何かの綿毛が浮かんで、俺の顔の上を横切っていく。さっきのくしゃみはこいつらのせいかも知れない。よお、と俺は呟く。ふわりふわり漂っている仲間だ。だがお前らにはちゃんと行き先があるんだろう?いずれどこかに新しい土を見つけ、覚束なく根を下ろす。そしていつの間にか、深く深く根を張って、びくともしなくなる。

少し前までは、そういうものに俺もなりたかった。揺るがすに、いるべき場所を動かない、固い何かになりたかった。なれると錯覚しかけたくらいだ。

ピーチクと小鳥が鳴いた。草むらはまだ冬枯れの跡を残しているが、鳥は鳴き、巣を作ろうとしている。やつらはせっかちだ。しかたがない。それも摂理だ。

じゃあ、俺の摂理はなんだ?

−−知るか、そんなもん。

俺は根を張ることはできなかった。どうも、これからもできなさそうだ。仮の住まい、仮の仕事、仮の付き合い。その方がいい。面倒が嫌なわけじゃないが、誰かを困らせたり傷つけたりするよりはずっといい。

わかれわかれになる時に、そんなようなことを話したら、んまい棒の好きな変人は、お前はデラシネのようだな、と言った。死ねと言われたのかと勘違いしてボコボコにしたが、……いや、それはいいんだ。あいつはいつだってボコボコにされてもしかたないようなやつなんだから。だがやつの弁解を聞くに、デラシネというのは根なし草という意味だったらしい。じゃあ最初から根なし草と言えばいいじゃねぇかと突っかかったら、少しカッコつけたかったのだとか抜かしたから、更に倍くらいボコボコにしてやった。

手近な草をむしってみた。まだ立ち枯れみたいなもんだから、簡単にむしれる。それでも、こいつらはそのうち生き生きと新しい根を張るんだろう。雑草は強い。

ふと、顔に陰がさした。見上げて思わず背中がのけ反った。

「よ、妖怪」

「誰が妖怪だって?」

「いやいや、なんか用かい?なんつって」

俺を見下ろしていたのは大家のババアだった。下から見るとマジ妖怪みたいだ。懐手をして、ババアだてらにくわえ煙草で立っている。

「なんだよババア、人の瞑想タイムを邪魔すんじゃねぇよ」

ババアはフンと言った。

「しゃらくさいこと言ってんじゃないよ。ほら、仕入れに行くんだから荷物くらい持ちな。ぼんくらが」

「へいへい」

俺は身体を起こして服についた枯れ草を叩いた。妖怪だろうがなんだろうが、ババアには借りがある。うっかりと、護ってやるなんてとち狂った約束もしちまった。デラシネにも、今のところは家はある。まだ根付いてはいないが。

しかたがない、摂理だ。










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