寝てんの、と平らな声で呟きながら、骨っぽい指が耳たぶをつまんで引っ張る。そうだよ、オッサンは疲れてんだよ。やっすい給料でこき使われて、住所不定、タダ酒求めてフラフラさ迷い、いつもの通り、ツケのきく店でおごって貰って、代わりに身体で返せよなんて、おいしいんだか割に合わないんだか、もう自分でも損得の加減がわからなくなってきた。
「疲れてんだねー」
声の主はそう言って、相変わらず耳たぶを触っている。俺は渋々片目を開けた。
「…銀さんのせいじゃない」
「え、長谷川さんだってノリノリで俺に乗っかってたくせに。ヒヒ、ノリノリで乗っかるとか、オヤジギャグじゃね?」
「……お互いオッサンじゃないの、どうせ」
パンツいっちょの銀さんは、俺がうとうとしてる間に、風呂を使ってきたらしい。天パの髪がぺたんと濡れて、肌がピカピカしている。
「寒いだろ、入んなよ」
体をずらして布団を持ち上げたら、ヘッヘッヘと嬉しそうに顔を緩めて潜り込んできた。石鹸の匂いがする。なんとなく腕枕をしてみる。銀さんはまた満足そうに笑った。
なんだかなあ。
湿った頭を撫でてやりながら俺は天井を眺めた。いつの間にか、じゃあ、今夜あたり行っとく?みたいになったこの関係は、たぶん、どちらかがもうやめようとさらりと言いさえすれば、そうだねとあっさり終わるんだろう。銀さんは初めにはっきり言った。これ、ホント、遊びだから。あんまり深く考えないで、お互いたまに発散しようぜ。
そりゃ俺にとっては願ったりかなったりだ。カタギの女は俺なんかには目もくれないし、だからって風俗は、金がかかる上にサービスが悪くてイマイチすっきりしない。始末に困るってほどじゃないけどだいたい常に悶々としている俺には、ありがたーい取引だ。
けれど、銀さんの腹の中は読めない。いつものことだが。二人で会っている時の銀さんは、言うならば、「エロくて快楽に正直で、機嫌が良くて意外と甘えたがりな坂田銀時」の仮面を被っているように思える。実際、そうに違いない。銀さんはあらゆる顔を使い分けて飄々と生きている。俺によく、もっと器用にやれよと呆れたように説教する。でも俺は、銀さんが器用なのだとは思えない。むしろ、とことん曲げられない芯を隠すために、数知れぬ多くの顔を作った。あるいは、作らざるを得なかったのだと思う。
もっとも、俺が銀さんを買い被り過ぎているだけかも知れない。今俺の腕の中にいる銀さんは、呑気に手足を俺に絡ませて、寛いでいる。あくびをして、まるで気まぐれにじゃれつく猫みたいに。今なら俺でも彼の寝首を掻けそうだ。もちろん、できっこないのは分かっている。どんなに無防備で柔和に見えたって、彼は猫ではない。
「なに難しい顔してんの」
銀さんは今度は俺の鼻を摘んだ。眠そうな眼をしているが、それも演技かも知れない。俺に笑いかける表情も、滑らかな肌も、さっきまで俺に抱かれて何度も上げた声も、息を切らして俺に口づけしたのも、自在に操れるおもての皮一枚かも知れない。まるで、何枚もの皮の層に包まれた玉ねぎだ。俺が爪を引っかけて剥いたのは、きっとほんの一かけらだけ。
「なんにも考えちゃいねぇよ」
そっと腕をはずして起き上がった。煙草をくわえて火をつけると、銀さんの腕が腰に絡みついてきた。
「銀さんこそ、なに考えてんの」
銀さんは小さく笑った。まるでくすぐられた子供のように。
「好きなひとの、こと」
「そう」
煙がゆっくり流れてゆく。銀さんも俺も、それきり何も言わなかった。窓の下で誰かが酔って騒いでいる。女なんざろくでもねぇ、とがなっている。ハハ、そうだな、まあ男もろくでもねぇけどな。……ああ、この煙草しけってんなあ。まずくて目に染みる。銀さんは俺の身体に手を置いたまま眠ってしまったようだ。例えタヌキ寝入りだとしても、そっとしておこう。俺は銀さんに利用されるのが嫌いじゃないのだ、結局。−−うんざりするほど、馬鹿げた話だ。
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