「あ、そうか」

あまりにも唐突に万事屋が口を開いたので、俺は振り向いた。万事屋はさっき俺が身体を離した時のまんま、だらっと脱力して片膝を立てて寝転んでいた。肌がまだ薄く上気していて、目元もうっすら赤い。こっちにとっちゃ目の毒だ。三十分後にはここを出なきゃならないというのに。

「脚閉じろ、脚」

言いながら適当に薄っぺらい掛布で裸体を隠してやった。けばけばしい紫色。万事屋はヒヒ、と笑った。

「欲情しますか」

「うるせー。時間ねぇんだって、言ったろ」

「うん今日は早かったよね」

「……イヤミか」

「いやいや」

万事屋はごろんとこっちを向き、肘を突いて頭を支えた。いつも無節操な銀色の髪の毛が、更にぐしゃぐしゃになっている。鎖骨が柔らかくたわむのが見えた。

「時間を惜しんでまで逢い引き、ってのも悪くねぇ気分だね」

「……」

俺は返事に困り、お決まりの黒い安っぽい灰皿に灰を落とした。僅かに散って、床にハラハラ消える。眉間にシワが寄ったのが、自分でもわかった。

「気にすんなよ」

万事屋は柔らかいが感情の伺えない声で言った。

「おめぇは会いたくなったらこうやって俺を呼び出して、俺はのこのこやって来る。自分でするより気持ち良くてすっきりして、格安。それでいいじゃんって、お互い納得ずくだろ?」

その通りだ。ただし、俺は条件をつけた。俺と会っているうちは、他に相手を作るなと。意外と独占欲あんだね、と万事屋はちょっと目を大きくしたが、すぐに、別にいいよ、と承知した。

「早くシャワーしてきたら?時間、ないんだろ」

今度は枕を抱くように俯せになって、万事屋は言った。どうして、ラブホテルの掛布ってのは、こうぺらぺらなんだ?背中が次第にくびれて腰と尻、そのラインがくっきり見える。さっきまで俺の下にいて、よがり声を上げながらよじれて震えた身体が、今はもう、全くの他人としてただそこにある。ことの間は甘い煽り文句さえ言うくせに、既に俺に興味を失ったとでも言うように、彼はあくびをしている。

俺にとっては特に使い道のない薄い汚い紙幣数枚と引き換えに、俺は彼を買う。刹那の快楽と錯覚のためだと言い訳めいた理由を作って。

俺たちに明日はない。

なんていう、古い映画がなかったっけ。内容は知らないが、俺と万事屋との関係にはうってつけのタイトルだ。

俺はこいつを幸せになんてできない。こいつはハナから幸せになる気なんざない。似合いだ。こうして安宿でこそこそと密会し、優しい言葉のひとつもなく立ち去る。俺たちに明日はない。あるのは瞬間瞬間の、きれぎれの五感の記憶だけ。

「……シャワーはいらねぇか、今日は」

俺は灰皿に吸い殻を押し付けて立ち上がった。万事屋の視線が、消え残る煙と共にほんの一瞬、ついてきた。

「気をつけろよ」

「……ああ」

シャツに袖を通しながら曖昧に頷いた。万事屋はほのかに笑った。

「そうだ」俺は振り向いた。「さっき、何か言いかけなかったか?」

乱れたシーツに沈みこもうとしていた万事屋の頭が、少し持ち上がった。彼はちょっとなんだっけ、という顔をし、やがて、ああ、と声に笑いを滲ませた。

「おめぇはいっつも誰にでも噛み付きそうな顔してんのに、俺とやる時は情けねぇツラしてんな、って、それだけ。男ってそんなもんなんだな」

俺は万事屋を睨んだ。彼はへらへら笑い、毎度どうも、などとふざけたことを言って今度こそシーツに身体を預けた。

枕元の紙幣が、無価値なもののように放り出されて、午後のふしだらな日差しを浴びていた。

ああ、自分から万事屋の匂いがする。










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