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 とりあえず、以上。
 そう宣言して、叔父はすっかり冷めてしまったお茶をすすった。

 そんなに奇抜な神話でもなくて、まぁ、そうは言っても俺たちが鳳だって発想は奇抜なんだけど、理解できないわけでもなかったから無理やり納得することにした。

 だって、何か特別な力を見せろとかそういうことじゃないみたいだし。
 いれば良いんだろ、ここに。

 どうせ、元の世界にいてもやりたいこともないし、離れたくないような恋人も友達もいない。
 なら、運命に流されてみるのも良いと思う。

 さて、納得したところで、俺は疑問をぶつけるわけだ。

「で、叔父さん」

「ユウ」

 話しかけた途端に怒られた。
 そう言われてもね、どう見ても親くらいの年代の相手を捕まえてあだ名を呼び捨てするなんて、簡単には出来ないんだけど。

「何で、母上なわけ?」

「そりゃ、母親代わりだったからさ。リエシェンって女好きでさ、正妃も側室も自分が生んだ子供なんて見向きもしないで旦那の取り合いに夢中だったし、放って置かれた子供たちが不憫でね。どうせやることも無いしさ」

「だからって、母、ってことはないだろ。保父さんとか、先生とか、あるだろうに」

「そりゃお前、リエシェンの奥さんの一人だよ、俺。あながち間違ってないだろ」

 はい?

 今、なんとおっしゃいました?

「……奥さん?」

「そ。俺とリエシェンは、寝床を共にする仲だったわけ」

「……そういうもん?」

 それは、俺もそうするべき、ってことか?
 俺、同性愛の趣味はないんだけど。
 しかも、奥さんって事は、叔父さんが受けだろ。
 ってことは、俺も同じってことか?

 さすがに、軽く受け入れるわけにはいかない事実に、あんぐり、と口をあけていたら、叔父はその表情で俺の想像をわかったらしく、苦笑で返してきた。

「別に、強制でもないし、義務も無いよ。俺はただ、リエシェンに惚れちゃったってだけのことさ。元々男に惚れるタイプだったし、リエシェン、良い男だしね。ラオシェンは父親似だよ。あんな感じの男前だったんだ」

 言いながら、叔父の視線がどこか遠くへ飛んでしまって、目尻に涙が浮かんでいた。
 そういえば、俺がここに来たのはラオシェンが即位したからで、その理由はリエシェンという前王の事故死なんだから、リエシェン王が逝去してからそんなに日は経っていないということだ。
 大事な人を失った悲しみが癒えるには、時間が足りないんだろう。

 それでも叔父は、自分の涙を誤魔化して笑った。

「俺には、子供たちがいるしね。みんな俺を母と呼んで慕ってくれる、可愛い忘れ形見だよ」

 夕飯のときにでも紹介してあげよう、と言われて、俺は頷くしかなかった。
 どうせこの王宮で暮すなら、一緒に暮すメンバーは知っておきたいし、断る理由も無かった。

 それから、ふと気づく。

「お……ユウさん、一度戻ってきてたよね? 自由に行き来できるの?」

「さん、もいらないんだけど。まぁ、良いか。
 うん、できないよ。あの時は特別。
 もう二度とこっちに戻ってこられないこととか、この国の人たち犠牲にしちゃいそうなこととか全部覚悟の上で、戻ったから。
 戻るのは自分の意思だけど、こっちに来るのは呼んでもらわなくちゃ来られないんだ。
 しかも、一度向こうに戻った鳳王をもう一度呼び寄せるのって、尋常じゃない精神力が必要になるよ。
 国政はストップするし、農作物も鉱物も産出量激減するし、さらに天気は悪天候続き。あわやクーデター、ってくらいまで行ったらしい。
 それをわかっても、それでも帰りたいというなら止めないけど、良心が痛まない?」

「……それ、卑怯だよ」

 良心が、なんて言われたら、それでも帰る、なんて言える強靭な精神力なんて持ち合わせてない。
 でも、叔父は卑怯なことを言ったなんてまったく思っていないらしい。
 テーブルに肘をついて、俺の顔を覗き込む。

「正規ルートでなく、二つの世界の境界線を飛び越えるんだから、それなりの代償はあるよ」

「それでも、わかってて帰ってきてたの?」

「そう。それも、リエシェンと喧嘩した、ってだけの理由でね」

 それがくだらない理由なのはわかっているらしい。
 自分で呆れた口調で言ってれば世話は無い。

「だってさ、鳳王ったって、別に象徴なだけで何もすることが無いんだよ。日がな一日奥宮にこもってお茶したりおしゃべりしたりしてるだけ。よく今までの鳳王はこんな扱いで怒らなかったなぁ、って思う。
 ので、何か仕事よこせ、って要求したところ、鳳王はいるだけで良いんだ、の一点張りさ。ぶち切れたねぇ、あの時は」

「……恋人だから楽させたかったんじゃないの?」

「あの時はまだ、俺の片思いでした。二度と逃がしたくないなら俺の身体を穢しやがれ、って迫っちゃったときは、俺ってなりふり構ってないって猛反省したけど」

 ん?

 待った。それって、どういうこと?

 身体を穢す?

「何? それ」

「こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ水鏡は、純潔を保つ者しか通さない。シン、お前童貞だろ? じゃなくちゃ通れないんだ」

 だから、多分、シンだったんだ。
 そう、勝手に納得する叔父に、俺はあんぐりと口を開けたまま何も言えなかった。

 基準ってそんなことかよ、って、力いっぱい思う。
 それに、先週食い損ねた据え膳、食っときゃ良かった、とも思った。
 男にばかりモテる俺が、珍しく女の子に積極アピールされたんだから、あそこを逃す手は無かったんだ。
 あぁ、後悔先立たず。

「今はね、ラオシェンをはじめとして、あれの息子娘どもに囲まれて幸せに暮らしてるし、するべき仕事もあるしね。リエシェンはもういないけれど、だからって帰れるわけではないし、俺はこの国が好きだから、俺の命が続く限り守ってやりたいと思ってるよ」

 実に誇らしげに晴れ晴れとした表情でそう言って、シンもね、と俺に話を振った。

「しばらくは言葉とか歴史とか文化とか、覚えることはたくさんあるから、毎日忙しいと思うけれど。
 落ち着くまでに、考えて欲しいんだ。この国に対して、シンができること。
 俺は、次の王を育てることと、戦いを忘れた兵士たちに武術を教えることが仕事だった。
 シンには、シンが出来ることがあるはずだよ。与えられた仕事ではなくて、自分のしたい仕事を、すると良い。シンがこの国でやりがいのある仕事を手に入れられたら、それが良いよね」

「ユウさんは、王様に仕事もらったのに?」

「もらってないよ、奪い取ったの。あれがしたい、これがしたい、って言っても首を縦に振らないから、良いよ、勝手にやるから、ってね。実行が先、肩書きが後だった。
 そんな俺を見てるからね、ラオシェンはシンのやりたいことは可能な限りさせてくれると思うよ」

 親の背中を見て子供は育つという。
 親を目標にするか反面教師にするかの差はあるけれど。
 それは、親子の関係であればどこの世界でも違いは無いらしい。
 確かに、さっきの様子から見て、ラオシェンは叔父とは良い関係にあるらしいし、優しそうな顔をしていたし、叔父の断言も頷ける。

 けど、別にやりたいことなんて思いつかないんだ。
 もともと、大学に通っていたのだって、とりあえず通っていただけだし、卒業してから何しようかとか、全然考えてなかった。フリーターで良いや、って。
 かなり投げやり。

 悩んだ俺に、勉強しているうちに、何か思い浮かぶよ、と叔父は慰めてくれたけれど、無理だと思うよ。

「ちなみに、教育係は俺だから、気兼ねしないで何でも質問すること」

「何か、頼りない先生だなぁ」

「うわ、失礼な。これでもガキ八人育て上げた実力者よ、俺」

 八人……。
 さっきラオシェンを子沢山パパだと思ったが、上には上がいたらしい。

「ま、今日はゆっくりしよう。明後日にはお前のお披露目の儀式があるから、明日明後日は大忙しだ。今のうちに英気を養っておけよ」

 叔父はそんな風に言って話は終わらせてしまって、茶菓子の月餅に手を伸ばした。
 ほっくりと半分に割って、片方を俺にくれる。
 甘いものでも辛いものでもおいしくいただく俺は、思っていた通りの味に舌鼓を打った。
 食文化の相違はあまりないらしい。





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