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 案内された室内は、本当に緊迫したムードだった。

「ラオシェン」

 声をかけた俺に振り返って、ラオシェンの表情は本当に困った様子だった。

「シン様。ご足労をおかけし申し訳ございません」

「それは構わないけど。例の件?」

「そのようです」

 ラオシェンの返答もため息交じりだ。
 そりゃそうだよな。
 ここまで大騒ぎにしておいて原因がただの勘違いなんて、時間と労力の無駄だ。

 やれやれ、と思いながらも、俺は仕方がないので問題の彼女が一人身を乗り出しているテラスに向かった。

「こちらへ戻りなさい、メイメイ。そのような所にいては危険だ」

 さあ、と右手を差し出せば、彼女は反対にテラスの柵の方へ身体を摺り寄せた。
 だから、危ないっていうのに。

「鳳王様が本当のことを口になさるまで、妾(わたくし)はここから離れません!」

 ……いや、あのね。
 あっそ、って見限って退室しても俺は別に構わないんだけどさ?

「落ちたらさすがに怪我では済まないと思うが?」

「それは鳳王様に責任がおありです。これだけの証人がいるのですから、鳳王様とて言い逃れはできませんでしょう」

 そんな責任転嫁されてもさぁ。

「……何が不満なんだよ」

 もうね、あんまり訳のわからないことばかり言われるから、立場を考えて取り繕うなんて面倒は省くことにしたよ。
 この思い込みの激しさと自分の正当化のしすぎと責任転嫁は絶対後宮に閉じこもっている弊害だ。
 我侭娘もいい加減にしろって感じか。

「鳳王様と国王陛下のご関係の件です。鳳王様がいらしてより国王陛下の足が後宮へ向かないのは鳳王様に寵愛が向いているせいだと多くの者が語ります。事実をお答えください。本当ですか?」

「それを、ラオシェンはどう答えたの?」

「否定なさいました。けれど、妾がそれを真実であるとどうして信じると思われますか。国王陛下が後宮へお渡りくださらないのは曲げようのない事実です」

「渡ってるだろ。あんたたち妾妃の部屋へ行かないだけだ」

 行き先は決まっている。
 正妃が住む三階の入り口に一番近い部屋。
 だから、人目につきにくいのは事実だけれど、後宮へ足を向けていないというのはまったくの嘘だ。

「大体、元々ラオシェンは正妃一筋なのは俺がここに来る前からの周知の事実だろう? 何で俺に矛先が向くんだよ」

「では、鳳王様がお生まれの世界へ戻る渡界の水鏡に阻まれるようになられたのは誰のせいだとおっしゃられますか。一日置きに天空を舞い、国中を見回っておられるのは誰のせいだと言うのですか。恐れ多くも鳳王様の玉体に手を触れる栄誉を与えられる者などごく限られます」

 いや、あの。
 それは確かにそうなんだけれど。
 うわぁ、人にそうやって改めて言われると何か恥ずかしい。

「それが、何でラオシェンなのさ。俺だって男なんだから、相手はまず女性を疑うべきで……」

「なれど、シン様が穢れをお受けになられたお相手は男性でしょう!? 陛下でなくて一体誰にこの王宮にお住まいのシン様のお相手が務まるというのですか!」

「いや、ってか、だから、何で相手が男だと言い切れ……」

「言い切れますっ! シン様はご自身が艶めいた空気を持っておられる自覚がなさ過ぎますっ。相手が女であれば、殿方はそのような変化をいたしませんっ!!」

 つ、艶めいたって……。

 正直、自分の顔がぶわって赤くなったのが自分でわかった。
 いやもう、顔中火照って熱くてしょうがない。
 恥ずかしくて両手で顔を覆ったまま、身動きも取れなくなった。

 立ち尽くしてしまった俺にまず寄ってきたのは、遠慮させてリャンチィの腕に預けておいたクク。
 いつものように頭の上にぽてっと乗っかって、小さく甘えるように鳴いて顔を擦りつけてくれる。

 続いて近づいてきたのは、雰囲気から察するに俺の愛しい人だ。
 普段こういう人目を憚る場では遠慮して戸口に待機している彼は、さすがにこの異常事態に他人事の振りをしていられなくなったのか、いつものように傍まで来てくれた。

 って、あれ?
 普段の立ち止まる距離を通り越して来たんじゃ?

 驚いて見上げれば、右隣に立ち止まったリャンチィが左肩に手を載せて引き寄せてくれた。

「シン様のお相手は私だ。ラオシェン王ではない」

 ……。

 ……え?


 え、え?



 ちょっと待った。今、心臓止まりかけた。

 何、今の。

 キュンっていったよ、自分の胸。

 うわぁ。動悸がヤバイ。ヤバイヤバイ。どうしよう。マジ、自分パニクってますっ。

「リャ、リャンチィっ」

「いえ。いい加減はっきりさせなければ。私がはっきりとした態度を取れば済むことです。シン様には私の決意がつかぬままに要らぬ負担を強いることとなり、申し訳なく思っております」

「それ、は、良いんだけど。え、だって……」

 リャンチィの立場上、拙いんじゃないのか?
 護衛官の身でありながら護衛対象に懸想してあまつさえ手を出してしまうなんて、まぁ事実は俺が迫ったせいなんだけど、批難対象になるだろうに。
 下手をすると免職も有り得る失態だろう?

 案の定、周囲は完全に唖然とした表情のまま固まっている。
 ニコニコと嬉しそうに笑っているのは国王夫妻と戸口に残ったミントゥだけだ。

「誰にも何も言わせない。批難は甘んじて受けようが、言葉を撤回するつもりもない。シン様。その生涯のすべてを私の傍らに置くことを貴方様が望んでくださることを切に願います」

 も、もう一声、望んでも、良い?

「リャン……」

「私と婚姻を結んでください、シン」

 伝わった。

 明確な言葉を望んだ俺の気持ちが、口に出さないまま伝わったみたいだ。
 感動で、言葉が出ない。
 ただ呆然とリャンチィを見つめるしかできない。
 あまりに予想外の振って湧いた幸せに、目に涙が浮かんでくるのを止められなかった。

 ラオシェンとミェリィが背後で俺の返事を小声で促すのは聞こえたけれど、だって、喉が震えちゃって声がちゃんと出せないんだよ。

「シン」

 腰に響くような甘いリャンチィの声に促されて、でもやっぱり声は出なくて、俺は大きく頷いて返した。
 何度も何度も。

「……ん。……うん」

 強く抱き寄せられて腰を抱きしめ返して。
 ようやく役に立ち始めた喉をフル活用。

「嬉しいっ」

 広い胸に涙を押し付けて、嬉しくて顔は笑うのに涙が止まらなくて。

 その胸を借りて号泣してしまう俺を、リャンチィはずっと抱きしめてくれていた。





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