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 そもそも、ラオシェンの生まれは王宮内ではなく城下町の貴族街だ。
 先王リエシェンがまだリエタオという名で王族の一員でしかなかった頃、当時の邸宅で産声を上げている。
 彼が四歳の頃にレンシェン様の鳳王であるマチ様が病で亡くなってリエシェン王が即位したが、その後もしばらくは市井で暮らしていたらしい。
 その前二代の鳳王の死があまりに不審であったため、幼い子供を王宮に上げることに躊躇したわけだ。

 ミェリィとは、その頃に知り合っている。
 王族のラオシェンと――当時は立太子していなかったためラオイーという名だったそうだ――豪商の娘であったミェリィは、同じ託児所で育った仲なんだ。
 託児所といってもここではそんな名前なだけで、十歳までの幼い子供を年齢別に集めて学問を教える場所だから小学校のようなものだろう。

 十歳になって学問所に入る歳になって、ラオシェンは立太子を受けるとともに名を改めて王宮で暮らすようになった。
 とはいっても自由な市井暮らしの彼には王宮の暮らしは窮屈で、たびたび城を抜け出しては街でいろいろな経験を積んでいったわけだ。
 その理由の一端には、子供心に好意を抱いていたミェリィへの恋心も影響していたのだろう。

 街へ出て行く癖は大人になっても直ることはなく、その間ミェリィとは親の目をかいくぐって会いに行ってはデートを重ねて愛を育んでいたらしい。
 結婚を迫られる年代になってラオシェンが口にした希望の相手は当然ミェリィだった。

 けれど、豪商とはいえミェリィの実家は所詮商人の家。
 王族に嫁する事のできる家柄とはいえず、周囲の反対は相当のものだった。
 認めてくれたのは先王リエシェンと代理母のユウのみと言い切っても過言ではないほどだったという。
 それゆえに、せめて妾妃として貴族の娘を迎え入れ跡継ぎには貴族の血筋を継ぐ者を残すようにと強要された。
 まだまだ若かったラオシェンには、褥に忍び込まれて拒みきれるほどの精神力はなかったわけだ。
 ミェリィとの婚姻を諦めかけていたのも一因にはある。

 ミェリィを正妃として迎えられたのは、第二妾妃が男の子を産んでくれたおかげといっても過言ではない。
 まだまだ首も据わらない赤ん坊のうちにさっさと立太子を済ませて、祝い続きとして周りを捻じ伏せてミェリィを土下座する勢いで口説き落として成婚の儀まであれよという間に漕ぎ着けた。

 つまり、まさにラオシェンの執念がこの恋を成就させたわけだ。
 胸を張るのも無理はない。

 俺は俺でこれからが正念場っぽいけどね。
 周囲の関心をどう逸らすか。
 リャンチィとの仲は今のところ磐石のようだからあまり心配もしてない。

「まぁ、あんまり周りに振り回されないことだよ。自分たちの意思がはっきりしていれば、周囲がどれだけ騒ごうと気にしなければ良いんだから」

「そうはおっしゃいますが、私が言うのもなんですが我が妾妃たちはいずれも一筋縄ではいかないツワモノ揃いです。苦労なさいますよ。もちろん私もミェリィも滅多なことのないよう目を光らせてはおりますが」

「知ってる。彼女たちの親もラオシェンの正妃は定まったっていうのに未だに野心が尽きないみたいだしね」

「……そちらも接触がありましたか」

「ありましたよぉ。行政府の廊下ですれ違いざまに、古狸らしいじとぉっとした嫌味を言われましたですよ。まったく、事実無根だっつーのに」

 ぶちぶちと文句は言うけれど、俺がするのはそれだけ。
 だって、精神的には確かにきついけれど実害もないし、大げさにするには問題がバカらしすぎる。
 ただただ迷惑な話だ。

 ただただ迷惑なだけに、何らかの解決策を思いつくでもなく。
 日々こうして気心の知れた同士で顔を突き合わせて酒を酌み交わして愚痴を言うくらいしかできることがない。
 それもまた歯がゆい話だ。

「ミェリィもこの場にいてくれたら、少しは噂の矛先が逸れるんじゃないかと思うんだけどね。あ、でもそうすると、夫婦水入らずに俺がお邪魔虫になっちゃうのか」

「そこはお気になさることはありませんよ。ミェリィもシン様との会話を楽しみにしています。たまには三人で食事などいたしましょう」

「うん。じゃあ、楽しみにしてるよ」

 何度かお茶したり食事を共にしたりしてミェリィとも個人的に交流しているけれど、さすが市井育ちで気風の良い彼女とは感覚が近いらしくて楽しい時間を過ごすことができる。
 俺みたいに庶民として育っていると、やっぱり王宮暮らしは息が詰まるんだ。
 それはミェリィも同じらしくて、俺と一緒だと楽だと言ってもらったことがある。

 だから、三人での食事はお世辞でもなんでもなく本当に楽しみだ。

 ひとつ楽しみの収穫を得て、俺は後宮に行くというラオシェンと共に部屋を出る。
 階段口まで一緒に歩いて右と左に分かれて、俺は足取りも軽く自室へ戻った。

 偶然通りかかった女性がそんな俺とラオシェンの後姿をじっと見つめていたらしいけれど、その時の俺はまったく気づいていなかったんだ。
 まぁ、気づいていたところで何のアクションも取りようがなかったから、それは後悔になりようもない些細な事実だ。





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