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 周りの注目もなくなったところで、俺は長に疑問をぶつけてみた。

「竜にとって、鳳ってどういう存在なんですか?」

「ふむ。失礼ながら、御身のお名前を伺っても宜しゅうございましょうか?」

「あぁ、ごめんなさい。俺は、シンです」

「この世界から去ってしまわれた鳳様のご子孫の方でございましょう、シン様。神々の愛鳥と呼ばれた鳳様は、神鳥として我ら空の一族の頂点に立たれる存在でございます。寿命を持たず番を持たず故に子を為さぬまま、唯一の神鳥でございました」

 この世に生きる生き物の中でも長寿な一族である翼竜の、つい先ごろ亡くなった長老がまだ若々しい群の長として君臨していた頃、鳳はこの群にある日突然やってきたのだそうだ。
 この世界を去らなければならなくなった鳳が、空の生き物の秩序を守る役割を直々に頼みに来たのだという。

 それはおそらく、王国から最も近い翼竜の群がここだったからなのだろう。
 その偶然は認識していてなおその名誉を深く胸に刻み、長は群の子供たちに鳳の威容を懇々と語って聞かせ続けた。
 元々鳳は空の一族の頂点として敬われる存在であったが、この群ではそんな事実もあってなおいっそうの神格化がなされていたわけだ。

「それがなくとも、鳳様は精霊の中でも心優しき存在であるが故に獣に好かれるお方。鳳様をお迎えすることは我らにとってこの上ない名誉なことなのです」

 うーん。
 どうやら、獣に好かれるというこの体質は鳳としてのデフォルトであるらしい。
 ってことは、これからも虎やら熊やらに懐かれる生活は変わらないわけだな。
 まぁ、なかなか面白い体験だから構わないけれど。
 毛皮がふかふかで抱きつかれるのも気持ち良いし。

 さて、納得したところで質問その2。

「この子は、何で頭の上に載ったままなんでしょうか」

 この子、と頭の上に指差して問いかけてみる。
 途端、長に微笑ましげに笑われた。
 何だ何だ?

「鳳様の性情は本能に近い生き物にほど安らぎを与えます。我が息子もまた、心優しいシン様のお気持ちに触れ、離れがたく思っているのでしょう。もしもシン様のお邪魔にならないようでしたら、わが子をシン様のお側に侍らせていただくことは叶いますまいか」

 えぇ?

「連れて帰って良いんですか? だって、息子さんでしょう?」

「はい。生まれて今年三年目の我が息子でございます。至らないところも多々ございますが、誠心誠意を持ちまして御身をご守護いたしますことでしょう」

 親に認められたのが嬉しかったのか、子竜は俺の頭の上でご機嫌に尻尾を振りまくっている。
 っていうか、犬か、お前は。

 聞くところによれば、最初は俺の手のひらに乗るくらいの卵から生まれて、二十年で一人前のサイズまで成長するらしい。
 寿命は大体四百年から五百年。
 人として生まれている俺は本物の鳳と違って人と同じ寿命があるからせいぜいあと五十年くらいしか生きられないし、幼い頃に鳳の傍で育って多くの経験を積むことは翼竜にとってもプラスになるだろうと長は言う。

「元々我々翼竜は子育てに然したる手をかけない一族。離れて暮らすことにもなんらの支障はございません。私もまたまだまだ若い年齢にある身です。シン様の寿命を見届けて後に我が群に戻ってくるとしても特に環境の異状はございますまい。それであれば、シン様の下にて翼竜の代表として御身をお守りすることこそ、我が息子にも我が群にも良き影響を与えてくださることでしょう。もちろん無理にとは申しませんが、シン様にとってお邪魔でなければ何卒お受け入れいただけますまいか」

 そこまで言われて断れるほど、俺はこの子を嫌いじゃないしねぇ。
 っていうか、可愛くて思わず和むしねぇ。

 さて、今の大きさのうちは良いとして、この子が大きくなるならそれに合わせて住むところを考えなくちゃね。
 将来の楽しみができたよ。

「じゃあ、お預かりします」

「ありがとうございます」

 お礼を言うのはこちらな気がしますけどね。
 深々と長に頭を下げられて、俺は苦笑を返すしかなかった。

「ところで、この子、名前は何ていうんですか?」

「まだございません」

 はい? 自分の息子でしょう?

「……何で?」

「翼竜の習慣なのです。子の名前は、生まれて十年の間に自分で決めさせます。親が付けるのはそれでも決まらなかった場合のみ。また、翼竜は自らが決めた主に仕える生き物でもあります。その場合は主に名をいただきます。今回縁あって我が息子はシン様を主と定めました。ですから、我が息子の名は是非ともシン様に名づけていただきたく存じます」

 はぁ、俺が名付け親ですか。
 それにしても、また不思議な事を聞きましたよ、俺は。

「主に仕える、ですか?」

「はい。元々我々翼竜は神々の空の乗騎として生み出されたと伝えられます。故に、何より気高く大きな翼を持ち空を統べるだけの力を与えられたのだと語られております。今ではこのように野生化し群を作って生活しておりますれば主を持つことは極めてまれですが、今でも子竜の間に人に拾われ主と見なして主の一生を傍で守って生きる翼竜は何頭かおります」

 ただし、火を吐く上に力持ちで空も飛んで硬い鱗に覆われているような最強の存在であるが故に、乱獲されることは免れているようだ。
 今後人間の技術が進めばどうなるかわからないけれど、こうして会話ができる相手なら人間も無体はしないだろう。
 と思いたい。

 しかし、そうか。名付け親かぁ。

「しばらく考えても良いですか?」

「はい、もちろん。ですが、インスピレーションも大事だと先人は申します。思いついた名があればそれが最も愛着の湧く名かもしれません」

「……ククとかでも?」

「覚えやすく良い名ですよ」

 いや、くきゅ〜って鳴くからクク、なんてすごく安直なんですが。
 むむっと考え込んだ俺の後頭部をペチペチと子竜の尻尾が叩いている。
 っていうか、お前は尻尾振りすぎ。

 結局、お昼ご飯にたくさんの果物と何かの小さな草食動物の焼いたものをご馳走してもらって、日暮れまで何だかんだと足止めされてのんびりした一日を過ごし、結局王国を出てきたときと同じく頭の上に子竜を乗せて山の上に戻った。

 いつでも遊びに来て欲しいと竜たちに懇願されたのが印象的だった。





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