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目が覚めて桃のような果物を美味しそうに頬張る翼竜の子供に和まされて、俺はその子を頭に乗せて宙を舞った。
リャンチィを背に乗せていない分重さが心もとないけれど、重さがない分飛行スピードは自由に出せるから山の麓までひとっ飛びだ。
麓は高い木が群生する深い森が広がっている。
上から見ただけでは生態系も把握できない深い森だけれど、ここに熊や虎が生息しているのは何度か降りてみたときに懐かれたからよく知ってるんだ。
けれど、今日は翼竜の群を探すっていう明確な目的がある。
だから、森へ降りるのはまた今度だ。
『さて、お前の家族はどこにいるんだい?』
普段リャンチィを連れて行動しているおかげで、鳥の姿で周りにいる相手に言葉を伝える能力を育てることができた。
使い方は鳥になる力を得た瞬間から知っていたけれど、使い方を知っているのと使いこなすのとでは似ているようで結構意味合いか異なる。
やっぱりね、生まれてからつい最近まで存在ごと知らなかった力っていうのは、普段無意識に使っている作業の代替だったりすると余計に使いこなしが難しい。
俺に問いかけられたことはわかったようだけれど、子竜は相変わらず俺の頭の上にへばりついて、くきゅ〜、と鳴くだけ。
王国の風上だろうと当たりを付けて降りてきたけれど、この子が協力してくれないと家族の元へ届けるのは至難の業だ。
まだ午前中だし時間的な余裕はあるけれど、時間制限があるのも事実。
さて、困った。
『鳴いてないで協力しろよ。お前の家族を探しに来てるんだぞ』
めっと叱り付けるように言ってやれば、甘えて頬ずりされてしまう。
もう、あんまり可愛いから怒りきれないんだ。
この確信犯め。
『場所がわからないなら、家族を呼んでみたらどうだ? 迎えに来てくれるかもしれないぞ』
俺に言われて初めて気づいたらしい。
ぺったりくっついていた顔を急に上げて。
「きゅ〜ぅ」
子竜の体格に似合わない大きな声だった。
いきなりだったからびっくりした。
呼んでみろといった手前咎めることもできず、ため息をひとつ吐く。
すると、当てもなく森の上空を飛んでいた俺の前方ずっと先の方に、巨大な飛行生物の群が森の中から飛び上がってきたのが見えた。
ざっと五、六頭だろうか。
首と尻尾が長く翼も大きな鳥型の生き物で、丁度俺の頭に張り付いている子竜をどデカくしたような感じだった。
問うまでもなく、仲間たちだろう。
子竜の声に気づいて迎えに来てくれたようだ。
こちらからもそちらからも互いに近づいたので、思ったよりも早くにその群に合流できた。
家族に会えたというのに子竜は俺の頭の上が気に入ったらしくて離れてくれないから、俺は仕方なく翼が触れ合うくらいに近くまで寄るしかなかった。
子竜は鳴くばかりでおしゃべりをしないのだけれど、大人の竜はどうやら言葉を使うことができるらしい。
「我らの巣までご案内いたします、鳳様。ついていらしていただけましょうか」
っていうか、俺だって声に出して話すまではできないのに、竜は明瞭な発音で言葉を発してきたよ。
なんか悔しい。
俺に話しかけてきたのはどうやら群のリーダーだったらしい。
他の翼竜もつかず離れず一緒に移動して、彼らが飛び上がってきたあたりに降りた。
それは何本かの倒木が乱雑に見えて適度に周囲を囲うように配置された、ちょっとした空き地だった。
森の中には低木を組み合わせて丁度小屋になるように育てられた天然の巣が作られていて、どうやらこれで雨風を防いでいるらしい。
この空き地は昼間の生活の場であるようだ。
一角にはゴミ捨て場が隠されるようにあって、食べかすらしい何かの骨が覗いている。
地上に降りて、俺は人の姿に戻った。
普段が人で生活しているから、鳥の姿でいるより楽なんだ。
その間、子竜はまだ俺の頭にへばりついたまま。
何が気に入ったんだろうね。
俺を案内してきた群のリーダーが、広場を囲む倒木の中でも比較的新しくて木肌がすべすべした一本を示し、座るように促してくれた。
勧められるままそこに腰を下ろせば、途端に広場に残っていた竜もあわせて十数頭の翼竜に取り囲まれてしまった。
といっても、ちょっと間隔が空いているから恐怖を感じることもない。
前に進み出てきた群のリーダーが、俺に対して深々と頭を垂れた。
「我が息子を保護してくだされたとか、深く感謝申し上げます」
とか、っていうか、誰に聞いたんだろ、それ。
思ってちょっと上目遣いに子竜を見上げれば、上機嫌に尻尾を振る子竜と目が合った。
こいつか。
「森の者に聞いてはおりましたが、こうして鳳様に御目文字叶うとは、我らにとって何たる幸運。群に足をお運び下されたこともまた、深い感謝の意を表したいと存じます」
何と言いますか、まるで神様のような扱いですね、俺。
「申し遅れました。私は群の長を勤めます、ロウハンと申します。さしたるお構いもできませんが、どうぞごゆるりとお過ごしください」
「いや、でも。この子を届けに来ただけですから、用が済んだら帰ろうと思うのですが」
言った途端、頭にへばりつくだけだった子竜がぎゅっとしがみついてきた。
っていうか、爪が当たって痛いよ。
「そうおっしゃらず。せめて昼食だけでも召し上がっていってください」
昼食を、といわれても、竜の食事って俺が食べられるものなんだろうか。
まぁ、持て成されるのを無碍に断るのも気が引けて、しぶしぶ頷くけど。
俺が腰を落ち着けて長が話し相手になってくれるのを見るや、周りの翼竜たちがそれぞれにまた行動を始めた。
日常生活に戻ったと見て良さそうだ。
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