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さて、子竜は本格的にお休みモードに入ったようなので、バスケットをリビングのテーブルに置いたまま俺はリャンチィを寝室へ促した。
「明日は一緒にいられないから、せめて今夜は泊まって行ってよ」
「しかし……」
「今日は一日働いて疲れただろう? 労ってあげるよ、身体でね」
昼のラオシェンの言葉は完全におふざけだったけれど、俺はそれを実践しようというわけだ。
だって、今日は珍しくいろいろとあって精神的には疲れてしまっていたし、甘えたい気分なんだよ。
ミントゥはさすがに俺専属の侍従であるだけのことはあって俺とリャンチィの関係は把握しているし、だからこそ朝俺が一人で目覚めていることに少し胸を痛めているほどだから、リャンチィが泊まっていったところでたいした支障はない。
むしろ、俺の一人寝が十日も続くと腹が立つようで、リャンチィの家に火を付けてしまおうかなんて物騒なことを呟く始末だ。
火付けは大罪なので、それが冗談であるとわかってはいても一応窘める俺である。
リャンチィがなかなか俺の部屋に泊まって行ってくれないのは、それが護衛官の範囲を逸脱した行為であるという認識があるからだ。
時々なら俺のわがままに付き合って、という言い訳が成り立つけれど、あまり頻繁だと俺に意見することのできる立場でもあるだけに職務怠慢を疑われてしまう。
わかっているからあまり強くは強請れないんだ。
好きな人だから、できる限りの範囲では離れたくないのに。
「たまには良いだろ?」
「……そうですね。私もさすがに疲れました。お邪魔させていただきます」
本当に、ベッドの中以外ではきっちりと主従の線引きをする人だ。
どうせここには俺とリャンチィしかいないし、突然入ってくるとしてもミントゥかラオシェンかユウかってくらいに選択肢が狭い部屋なんだから、もっと砕けてくれて良いのにね。
子竜の入ったバスケットを持って部屋に戻ってきたときにミントゥには風呂の準備をお願いしてあったから、今頃ちょうど入り時だろう。
「一緒にお風呂入ろうね。背中流してあげるよ」
「では私もお礼にお返しさせていただきます」
ふふ。何だ、リャンチィもその気なんじゃない。
嬉しくて笑って、俺は彼の腕にしがみつくように抱きついた。
こちらに来る前には必然的に童貞だったわけで元の世界でそんな経験をしてはいないのだけれど、相手が男性で自分も男で使う場所があんな場所だから、何かしていて自然にエッチになだれ込むなんて俺たちには不可能だ。
ちゃんと準備してからじゃないとね、いろいろと不都合があるのは想像に難くない。
だからこそ、性交渉を強請る手段としてお風呂に誘う。
俺専用にもらっている浴室は小ぶりといっても六畳間くらいの風呂としては広いサイズで、二人で一緒に入っても狭いと感じることもない。
浴槽もお湯がもったいないと思うくらい広いし。
沸かしたお湯を外から運んできて冷たい水と混ぜて作られる適温のお風呂は、作り方が作り方だけに冷めてしまったら温め直しが大変なので、お願いしたら早々に入ることにしている。
今日もお風呂の準備ができたと呼ばれる前に風呂場に移動したけれど、丁度準備できたところだったらしくて普段は会わない女官たちとすれ違った。
俺の生活を世話してくれるのは基本的に専属侍従であるミントゥなんだけれど、こういう人手が必要な作業には後宮の女官たちに手伝いを請うているのだそうだ。
「あ。今日はお泊りなんですね、リャンチィ様」
俺とリャンチィが一緒にお風呂に現れたのを見て、ミントゥはにまっと笑った。
っていうか、その年齢でそんなおせっかいおばさんみたいな笑い方を覚えるのはどうかと思うんだけれど。
「……余計な世話だ、ミントゥ」
「いいえ。もう、この際はっきり言わせていただきます。いい加減腹括ってくださいよ、リャンチィ様。シン様が無用なご苦労をなさっているのはリャンチィ様だってわかってるじゃありませんか。僕はもう、この国の国民として申し訳なくて見てられません」
むっと唇を尖らせる表情は年相応といえるのだろうけれど、言っている台詞はもっと年嵩の人間が言うような苦言で。
どうしたら今の状況を打開できるのかなんて、ミントゥに言われるまでもない簡単なこと。
そしてそれは、どちらか一方の決意だけで何とかなるものでもない。
まぁ、立場的に踏ん切りがいるのはどちらかといえばリャンチィの方だから、ミントゥが彼に訴えるのも理解できないわけではないけれど。
それは多分、リャンチィもわかってることで、ミントゥもまさか彼が自覚していないだなんて想像もしていないのだろう。
返す言葉をなくしたリャンチィをしばらくじっと見つめて、ミントゥは立ちふさがっていたその場所から一歩退いた。
「丁度浴湯の用意ができたところです。冷めないうちにどうぞお使いください。それと、後ほど戸口に湯をご用意しておきます。足し湯にお使いください。それでは、僕はこれで失礼します」
ホント、年齢に似つかないほどに気遣いの細かい子だ。
おやすみ、と声をかければ、同じ言葉で深くお辞儀が返ってきた。
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[mokuji]
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