6
子竜のベッドには、お昼ご飯に役立ったバスケットが丁度良いサイズで、クッションをつけて借りることにした。
ふかふかのベッドが気に入った様子で、そこに移したら大人しく丸まってお昼寝体勢になる。
三人で頭をぶつけそうに寄せ合って、バスケットの中の子竜を覗き込む。
小さな口であくびをしたり、ご機嫌に尻尾を振ったり、もうめちゃくちゃ可愛い。
ラオシェンまで仕事をサボって子竜観察に和んでしまったので小言を言いに来た左大臣も加わって、今日はもう仕事になりそうにない。
「今日はもう時間もないし、明日にでもこの子の家族を探しに行ってくるよ」
「今夜はシン様のお部屋にお泊りですか? 羨ましいですね」
「何だったらラオシェンも泊まりに来る?」
「ダメですよ。噂に尾鰭がついてしまいます」
「それは残念だね」
「本当に」
隣り合ってバスケットの中を覗きながら、俺とラオシェンが遠慮なくふざけあう。
その俺たちの会話に、ユウと左大臣が呆れた表情で顔を見合わせていたけれど、まぁ、気にしないことにしよう。
「そんな話してるから変な噂が立つんだろうに」
「そういわれましても、男同士ですよ? シン様とは思考が合うんです」
「お互いに本命を知ってるから遠慮する気が起きないんですよねぇ」
ねぇ、と顔を見合わせて確かめ合う俺たちに、ユウと左大臣は本格的に呆れたようで、それぞれにそそくさと部屋を出て行ってしまった。
そんな、逃げなくても良いだろうにね。
バスケット持参で部屋に戻ると、程なくしてリャンチィが戻ってきた。
随分疲れた表情で、俺が勧めた椅子に腰を下ろす。
それから、テーブルの上に置かれたバスケットを何気なく見やったらしい。
「な……っ!?」
うわ。リャンチィが素で驚いてる表情は初めて見た。
人が驚く表情なんて誰でもあまり変わらないけれど、愛しい人の初めて見る顔だと何だか不思議と嬉しい。
子竜を拾った顛末を話して聞かせたら、思いっきり脱力されてしまった。
ちょっとその態度は酷いと思うんだけどね?
「そもそも、王都の外へ出るのに私もメイトウ殿も同席しないというのは感心しません」
「う。いや、でもほら、親衛隊の護衛はちゃんとつけたし」
「それでも、です。シン様はご自身のお立場をしかと把握なされておいででしょう? 軽率な行動であったと思われませんか?」
「……はい。ごめんなさい」
「ご理解いただけたなら、二度となさらないでください。外出なさるならば私に一言声をおかけくださいますよう。ラオシェン王にもきつく言っておかなくてはなりませんね」
う〜。こんなに叱られたのは久しぶりだ。
心配してくれているから叱られるのだとわかっていても、さすがに嬉しいと思うわけにもいかなくて、しょんぼりと肩が落ちた。
反省している俺に、リャンチィはすぐに納得してくれたようで、目元を和らげてくれたけど。
「この地域で最も獰猛だといわれる翼竜ですが、さすがに子供は可愛いものですね」
「獰猛なの?」
「そう言われています。少なくとも、地域の生態系における頂点ではありますね。火を吐く生き物に敵う獣などなかなかいませんから、それも無理のない話でしょう」
うん、それは確かに。
そんなにすごい生き物だったんだぁ、と改めて感動して、バスケットを覗き込む。
翼竜の子供はくあっと大きく口を開けてあくびを一つして、俺を見つめ返した。
「くきゅ〜?」
「うわ、鳴いた!」
思わず子供っぽい感想を口走ってしまった。
ちょっと反省。
いや、まぁ、可愛いからしょうがないんだけど。
恥ずかしくなって正面の人を見上げたら、何だかあたたか〜く見守られてしまった。
「それでは、明日は私は留守番ですね」
「うん。ごめんね」
「仕方がありません。私は麓まではお供できませんから」
そう。
俺は鳥であるのと共に神の世界に生まれた神世界の獣でもある。
環境適応力はとんでもない。
一方のこの国の人間は、祖先こそ神であろうともさすがに何代も時を経て人間になりきってしまっている。
高度3000メートル級の高山から空を一気に駆け下りては、大気圧に負けてしまうわけだ。
低地に住む人間が高山に突然移動すれば高山病にかかるのと原理は一緒。
それはわかりきっているから、初めて麓に下りたときからしっかりと説明して理解してもらって遠慮してもらっている。
体調を崩す事がわかっているのに連れて行くなんて、愛しいと思うからこそしたくない。
いってらっしゃい、と素直に見送ってくれるのは、それが必要であるからだろう。
ここに麓に連れて行くべき小動物がいるのだからごねることもできない。
気持ちを抑えてくれていることには感謝感謝だ。
[ 50/61 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]戻る