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部屋に戻っても暇なので、ユウと一緒になってラオシェンの仕事を邪魔しつつおしゃべりに興じていると、三時のおやつ時間を過ぎた頃、左大臣が大慌てでやってきた。
俺とユウが揃っていることに少し驚いて、でもすぐに気を取り直す。
「申し上げます。王都東門付近において翼竜の子供が発見されました。捕獲を試みておりますが、近づくと火を吐かれてどうにも手をこまねいております。攻撃許可をいただきたいと現場から要請が来ておりますが、いかがいたしましょう」
翼竜?
初めて聞く名前に首を傾げてラオシェンを見やれば、彼は難しい表情で悩んでいた。
暴れているとはいえ生き物の子供。
簡単に殺すわけにもいかないだろう。
「ラオシェン。翼竜って?」
「はい。この山の麓に生息する生き物です。首と尾が長く鱗に覆われて皮膜の翼を持った生物なのですが、生態系的には精霊の一種であると考えられておりまして、傷を付けると祟りがあるとかいう地域もあるとか。今の時期、山の東斜面を登る気流に乗って迷い込んでくる事があるんですよ」
頻度としては何年かに一度。
先ほどの報告にもあるとおり火を吐く生き物だけに捕獲が難しいのだとか。
話を聞いて、俺たちのいた元の世界では神話かファンタジーの生き物であるだけに、見たいという欲求が自然と沸き起こった。
「ラオシェン。見に行っても良い?」
「はい、こちらからもお願いしようと思っていました。シン様のお力で、大人しくさせていただけませんか」
俺の力で、というのは、鳳が本来持っている力のことで。
人間以外の生き物に妙に懐かれるんだよね。
言葉はわからなくても、身体をするりと擦り付けてほとんどマーキングに近い行動を取るから、懐かれているのはわかるんだ。
それこそ、肉食も草食も大型も小型も関係なし。
この国の中では小動物しかいないこともあって困らないけれど、山の麓なんかに行くと虎やら熊やらにもじゃれられる。
しかも、俺の周りだけ殺気がゼロで、虎と栗鼠が仲良く右と左でじゃれ付いてくることもわりと普通だ。
そんな能力も、歴代の鳳王ではなかったらしいから、鳥に変身できるようになった副産物なんだろう。
案内されて、三人連れ立って東門へ移動。
ラオシェンまで一緒に来たあたり、よっぽど暇なのだろう。
道中は三人とも実に目立つ立場なので馬車を立てての移動だった。
東門では軍の一個小隊分の人数が集まって小さな翼の生えた竜を取り囲んでいた。
どちらかというなら西洋系の、まさしくドラゴン。
といっても、俺の手のひらに丁度乗るくらいの小ささで、周囲を取り囲む人間たちを威嚇して小さな炎を吐いていた。
「可愛い〜」
思わず和む姿に、場違いな声を上げてしまった。
いや、火を吐いてて凶暴なのはわかるけど。
どんな猛獣だって子供は可愛いものだ。
俺のその声に、周りのすべての視線が俺に集まった。
それは、子竜も同様。
その隙に、俺はその火が届かないくらいの位置までそっと近づいて、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「おいで。怖くないよ」
両手を差し出して声をかける俺に、子竜はちょっと首を傾げ、ほわっと小さく火を吐き出した。
火は俺の手までは届かない距離で空中に消え、俺はそれを手を差し出したままでじっと見守る。
ここで手を引っ込めたら、この子竜の警戒心は拭えないと思ったから。
周りが固唾を呑んで見守る中、子竜は恐る恐るこちらに近づいてきた。
途中で足を止め、俺をじっと見つめて首を傾げ。
どうやら何かに気付いたらしい。
身体の倍はありそうな大きな皮膜の翼を広げて一羽ばたきして、俺の頭にひょいと乗っかった。
身体の大きさの割りに重くない子竜が、爪を立てない手で帽子のようにペッタリと俺の頭の上にしがみつき、満足そうに小さな炎の欠片を吐き出す。
どうやらそこが気に入ったご様子。
周りは大事な国の守り神様の頭上に乗った竜を払い落とすべきなのかそっとしておくべきなのかとおろおろしていて、俺の隣のラオシェンは少し呆れた表情。
ユウも息子とほぼ同じだった。
「お前はなんでそう、動物に好かれるんだ?」
「いえ、そうおっしゃられましても……」
俺がそう望んで好かれているわけでもない。
ただ、そういう体質だとしか言いようがなかった。
頭の上の子竜は我関せずって感じでご満悦に尻尾を振っているし。
「ラオシェン。宮中に連れて帰っても良いかな?」
「ダメといっても放り出しようがありませんでしょう? 麓に返すまでは宮中でお預かりするということにいたしましょう。何を食べるのでしょうね、この子は」
「あ、ホントだね。歯もまだ生え揃ってないっぽいし、ミルクとか果物とかかな」
頭の上に手を伸ばして喉の辺りをさすってあげれば、嬉しそうにその指に顔を擦り付けてくる。
ホント、なんでこんなに懐かれるのか不思議。
立ち上がって馬車に戻る間も、不安定な頭の上に器用に乗っかったままの子竜をそのままにしておいて、俺たちは宮殿に取って返す。
用が済めば長居は無用だ。
立ち去る俺たちを、今まで困っていた軍部の連中が呆けた表情で見送っていた。
王に対する敬礼もすっかり忘れているのに、多分気付いてないんだろうね。
そんな彼らの表情に、俺は遠慮なく笑わせてもらった。
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