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 昼食の後は連れ立って塔を下り、謁見の間の裏に当たるラオシェンの執務室にしけ込んだ。
 無人の謁見の間はその用途上だだっ広く作られているおかげでもの寒い印象を与える。
 そこを通るのが執務室へ向かう近道とはいえ、ちょっぴり後悔した。
 そんなに怖がりだった自覚はないのだけれど。

 まぁ、鳥って臆病な性格が多いからな。影響を受けたんだと思う。

 執務室にはなぜか叔父がいて、人待ち顔をこちらに向けた。
 それから、俺たちが二人でいることに呆れたようだった。

「そういう行動するから変な噂立てられるんだろうが」

 いや、あの、今日になって一回目の顔合わせなのだから、挨拶くらいしましょうよ、叔父さん。

「あぁ、母上。もういらしてたんですか。お待たせして申し訳ありません」

「ん、まぁ、良いけどね。お茶、勝手にいただいてるよ?」

「はい。ご自由にどうぞ。シン様も召し上がりますよね?」

 うんと返事をする間もなく、ラオシェンは片手に持ったバスケットを持ったままで隣室に用意された給湯室へ入っていった。
 話し声が聞こえるのは、侍女にバスケットを返してお湯の準備を頼んでいるらしい。

 その間に叔父は隅に積み重ねて置かれた椅子を勝手に二つ引っ張り出してきて、片方を俺に座るように示して自分はさっさと腰をおろした。

 っていうか。

「叔父さん、今日引越しだったんじゃないんですか?」

「……叔父さんはやめろって」

 それは回答になってない。
 もう、この世界に来た初日一発目から拒否された呼び名だったので半分は嫌がらせなのだけれど。
 実のところ、ただ単純に彼がその呼ばれ方を嫌がっただけで深い意味はないと知っているから、直す意思は俺にはない。

 俺にその呼称を変える気がないことはそろそろ諦めモードな叔父、ユウは、深い溜息を一つついてから俺の質問に答えてくれた。

「俺はリエシェンの妾妃である前に前王の鳳王だからな。だから、俺の部屋は後宮じゃなくてお前の部屋の並びにあるだろ?」

「じゃ、引越しも無しですか」

「今回の引越しとは無関係だよ」

 ん? それは何だか含みのある回答だ。

「今回?」

「うん。俺は来週」

「引っ越すんですか?」

「自分の離宮にね。こっちに来てすぐの頃に、1ヶ月くらい部屋に篭ってたって話したろ? あの時にね、部屋に閉じこもるくらいなら離宮にでも行って羽伸ばせって言われて一つもらったんだよ。何代か前の王が後宮のわがまま姫たちのために乱築したうちの一つでね。適度に王都から離れてて良い所だよ。落ち着いたら招待するから遊びにおいで」

 それはそれはすらすらと説明がされて、どうやら随分前からそのつもりだった事が伺えた。
 宮中の不穏な雰囲気の煽りを受けて閉じ込められていたような叔父の生活は知っているから、そうですか、と答えるしかなかった。
 リエシェン王も、不憫に思ってはいたんだろう。
 自分の地位を守ってくれる守り神に不自由をさせているのだから、それに対して何も思わないわけはないんだ。

 そんな話を聞いているうちに、ラオシェンがポットとカップを二つ持って戻ってきた。
 烏龍茶に似た茶色い色のお茶は、口当たりがさっぱりしていて俺も好んで飲むこの土地のお茶だ。
 高山である土地柄も考えると、凍頂烏龍茶に近いのだろう。

「ラオシェンは知ってたの?」

「母上のお引越しの件ですか? 私も昨日聞きました。お引き留めしたのですが、母上は言い出すと頑固ですから」

 あぁ、確かに。
 諦めた様子のラオシェンの言い方に俺も納得して深く頷く。
 そんな俺たちの反応に、ユウはぷっとむくれてみせたけど。
 反論はないから自分でも認めてはいるのだろう。

「それでね、相談なんだよ、ラオシェン」

「はい、何でしょう、母上」

 それで、ということは、その引越しの件だ。
 俺はとりあえずその話には無関係なので、もらったお茶に口をつけて傍観態勢。

「護衛官を解任したい」

「は? メイトウ殿をですか? 何か不都合でもありましたか?」

「うぅん、違うよ。ほら、シンのところと違って俺とメイじゃ親子くらい年齢差があるだろ? レンシェン様とかシンとか見てて羨ましくなっちゃってさ、国内漫遊の旅にでも行こうかと思ってるんだけど、老骨に鞭打つの申し訳ないし。どうせ引退してるんだし護衛官無しでも俺は良いんだけど、たぶんそれはダメだろうから、せめてもう少し年若い人に変えて欲しい」

 順を追って説明されれば、理解はできなくもない理由。
 けれど、護衛官というのはその一生を鳳王に捧げるという名誉職でもある。
 二十年もの間立派に勤め上げた彼には納得できない理由だろう。

 それ故に、ラオシェンも難しい顔になった。

「それは、メイトウ殿とも話し合いをされたことでしょうか」

「いや、まだ話してない。あの人は職務に忠実過ぎて、リビングにも入ってきてくれない堅物だからね、個人的な話がなかなかできないんだよ」

「それでしたら、まずはメイトウ殿の意見も聞いてみてください。確かにメイトウ殿ももう六十を越えていますから、解任の理由としては不足ありません。母上とメイトウ殿の出した結論に私は従いますよ」

「そっか。じゃあ、話してみるよ。ありがと、ラオシェン」

 こういう結論の出し方が、ラオシェンらしいと思う。
 俺が彼を信頼できるのも、ラオシェンの判断が独りよがりをできるだけ避けて当事者の意見を尊重しようという姿勢に一貫しているからに他ならない。





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