鳳王ができること 1




さくら さくら
やよいの空は
見わたす限り
かすみか雲か
匂いぞ出ずる
いざや いざや
見にゆかん
出典:Wikipedia



 後宮内に日本語の歌が響いていた。

 うららかな春の陽気に誘われたのはわかるが、何しろ常春の世界だ。
 今更感も否めない。

 発生源はわかっている。
 この世界でこの歌が歌えるのは二人きり。
 うちの一人は俺自身なのだから、犯人はもう一人に決まっている。

 叔父という立場の気安さを最大限に利用して、教育係を辞した今でも自由に彼の部屋を出入りしているので、とりあえずノックはして返事も待たずに扉を開ける。

 彼が自分の護衛官とイチャイチャしているのは知っているけれど、歌いながらそれはないだろうと思うので遠慮する意義を見出せなかった。

「ちょっとこら、シン!」

 叱りモードで声をかければ、彼はどうやらリビング側のテラスに出ていたらしく、カーテンの向こうから振り返った。
 身を守るはずの護衛官は留守のようだ。

「え? ……あぁ、うるさかったです?」

 相変わらず敬語が抜けないシンに緊迫感なく問い返されて毒気が抜ける。

 何だろう、空を飛ぶようになってから彼を取り巻く空気がとんでもなくマイナスイオンだらけだ。気が抜ける。

 手にはガラス片と紙やすりを持っていて、最近作っているレンズの磨き作業をしながら歌っていたらしい。

 それにしては淀みのないキレイな歌声だったが。
 まるで職業歌手が腹辺りに手を組んで身体の奥底から声を朗々と張り上げているような。

「お前、今、歌ってたよな?」

「自分では鼻歌歌ってたつもりなんですけどね。テラスで手を動かしながら庭を見ていたら山桜が咲いてたので、つい」

 いやいや、鼻歌程度で宮中には響かないだろう、普通。

「お前、もう少し自分が鳳だって自覚を持った方が良いぞ」

「ですかねぇ」

 苦笑して返すということは、自覚はあるのだろう。

 そもそも、鳥の姿に変身できるようになってからのシンは、それまでとは随分と性情が変わったように思える。
 以前ははっきりと男らしい性格で、花を愛でる感覚もなければそれを鑑賞して鼻歌が出るような感受性もそれほど強くなかったはずだ。

 鳳としての性情が性格に影響を与えているとしか思えなかった。

 もしくは、愛する人に愛でられていることで多少女性化しているのかもしれないけれど。
 俺もその気はあるから、何とも言えない。

 しかし、それにしても。

「聞いたことのない歌詞だなぁ」

「そうですか? 俺はこっちの方が好きなんですよね。元は江戸末期の琴の練習曲らしくて、それにこんな歌詞がついてたそうなんです。よく知られてる方は、小学唱歌に編纂される時に変わったものなんだとか。それ聞いて元の歌詞の方ばっか歌ってたら、唱歌の方より身についちゃって」

 歌詞違いだとこんなのも知ってますよ、などとのたまって、シンはにまっと不思議な笑い方をした。



ずいずいずっころばし 胡麻味噌ずい
何遍やっても とっぴんしゃん
止めたァら どんどこしょ
こたつの仔猫が ころんでニャア
ニャア ニャア ニャア
戸棚のねずみが
それ聞いてたまげて
腰ぬかァしたよ
井戸の周りでお茶碗欠いたの だァれ
出典:上笙一郎編『日本童謡事典』(2005年 東京堂出版)



「つか、なんでそういう歌詞ばっか知ってるんだ」

「専攻ですよ、大学の。元々童謡とか唱歌とか好きで、卒論書くのにテーマを童歌に絞って調べ漁ってたんです」

 確かに文学部の大学生だったことは知っていたが、まさか日本文学とは思わず驚いた。
 それも、童謡がテーマというのだからまったくシンとは不釣合いだ。
 外国語をやっていたものとばかり思い込んでいた。

「他には何かねぇの?」

「そうですねぇ……」

 今更ながらに甥っ子の趣味が発覚して、俺は自分のすべき仕事も放り出してそこに居座ってしまった。
 まぁ、急いでやるべき仕事なんて俺にはないんだけどな。





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