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 二日に一度、シンはリャンチィを背中に乗せて上空パトロールに出る。

 翌日も、昼食後にラオシェンの元を訪れて出かける報告をすると、彼と同席していた客人に見送られて、シンとリャンチィは空へ出かけていった。

 今日向かったのは、王都から見て遠見の滝とは正反対の方向にある、トラール湿原だ。
 船も通れず人も通れないぬかるみの一帯を、人々は筏を浮かべ竿を差して渡っていく。
 筏貸しが湿原の岸にいくつか店を出し、一日いくらの料金で貸し出していた。

 その湿原の上空を飛んでいたシンは、眼下で二つの筏が小競り合いを起こしているのを見つけた。
 同時にリャンチィもそれを見つけた。

 キラリと太陽の光を反射したのは、おそらくは刃物。

「降りましょう」

 ただの揉め事ならば良いが、こんな場所で負傷者が出ても助けが来られない。
 割って入って止めるしかなかった。

 シンも同意見だったのか、急降下気味に急いで現場に降り立った。

 突然現れた背に剣を背負う男と巨大な鳥に驚いて、一同が行動を止めた。
 見回せば、一方は武器を持たない商人風の一団で、もう一方は山賊か何かだろうか、随分荒っぽい。

「な、何だてめぇ!」

「丸腰の人間を一方的に襲うってのは感心しないね」

 虹色に輝く羽根を脱ぎ去るように姿を変えたシンの言葉に、山賊たちが色めきたつ。

「ど、どど、どっから現れやがった! 関係ねぇ奴ぁ引っ込んでろ! いや、身包み置いていって貰おうか」

 それは、国外からやってきたらしく訛りのきついフェンシャン語だった。
 この国の国民は茶色の髪に茶色の瞳が一般的だが、彼らの髪は金髪に近く、瞳の色は青か灰色。
 明らかに、異邦人だ。

 いつどこから現れたものか知らないが、わざわざ関所を越え、この国にやってきた者たちであるらしい。
 目的が追いはぎなのか商いだったのかは定かではないが、今は立派な山賊だ。

「シン様……」

「リャンチィ。殺さない程度にやっちゃって」

 それは、恋人の実力を信頼しているからこそ言える台詞だった。
 はい、と頷いた彼にすべてを任せ、自分は被害者らしい商人たちを保護しに向かう。

 脅しを無視された格好の山賊の頭は、そのシンの態度に怒り心頭だった。

「野郎ども! やっちまえ!」

 国がどこであろうとも、下衆の言葉はあまり変わらないらしい。
 時代劇などで聞き飽きた言葉をこんな場所で聞いて、シンは深いため息をつく。

 リャンチィが親衛隊の中でも一、二を争う武術の腕前であることは疑いようもない事実だが、さすがに十数人の一団を一人に任せるのは多勢に無勢。
 商人たちを一塊に集めて座らせると、すっと立ち上がった。

「ここを動かないで」

「鳳王様、ご無理をなさっては……」

 どうやら、山賊にはわからなかったらしいシンの正体を、商人は把握していたらしい。
 その呼びかけに、山賊の頭が表情を変えた。

「鳳王っ!?」

 ちなみに、現鳳王の顔と空を飛ぶ姿は、ほとんどの国民が見て知っている。
 二日に一度の上空からの偵察に加え、定期的に街へ降りては護衛官と共に公共施設や個人商店などを回り、市民に声をかけて回っているのだ。
 歴代の中でも実に身近な守り神だった。

 だからこそ、驚くほど知らないというのは、それはそれでかなり珍しい。
 余程日陰に棲んでいたか、街を倦厭していたか。
 どんなに小さな農村でも足を運んでいたのだから、つまり、人に会うこと事態を拒み続けていない限り、一度は見かけるはずなのだ。

 何しろ、この国の住民は、元が一人の父親から始まっていることからも察せられるとおり、国民の数は大して多くないし、周りの全員が遠い親戚同士。
 知らない中でも気さくに話し合えるし、情報交換も至ってスムーズだ。
 まして、街に降りたシンの周りは人だかりが出来るから、嫌でも人目を引く。

 反対にびっくりするほど驚いたその山賊の様子に、シンは呆れたようなため息をつき、首を振った。

「投降するなら今のうち。見逃す気はないから、怪我をしないことを第一に選ぶことをお勧めするね」

「……はっ! 守り神がどれほどのものか……!?」

 憎まれ口は、最後まで紡がれることなく途切れ、山賊の頭は次の瞬間、高く抜けた青い空を見上げていた。
 背骨が丸太の筏に叩きつけられて悲鳴を上げる。

「確かに、守り神がどれほどのモノかは知らないけどね。実力を知らない相手を見くびったら、痛い目に遭うと思わない?」

 手際良く、商人の売り物から手ごろな縄を買い取って、縛り上げる。
 それから、丁度良いタイミングで片付け終えたリャンチィを見上げた。
 頬に一筋の切り傷は見えるが、それ以外の外傷は無さそうだった。
 その無事な姿にほっとする。

 まるで、何かのついでのようにあっさりと片付けられた自分を振り返り、どうやら自信喪失したらしい。
 縛り付けられて暴れるかと思ったシンは、がっくりと項垂れるその姿に少し驚き、肩をすくめた。

「ここはどこの町の管轄かな? リャンチィ」

「おそらくトバルかと。私はここで見張っておりますので、お願いできますか?」

 それはつまり、警備兵を呼びに行く算段だった。
 商人たちにはここは任せて移動するように言い置いて、シンはバサリと翼を羽ばたかせ、空に飛び上がっていった。
 その姿を見送って、助けられた商人たちは深く頭を下げていた。





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