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 製紙工場で見せられた試作品に、満足そうな笑みを見せ、上機嫌で宮殿に帰ったシンは、その足で国王が客の面会を受ける謁見の間に直行した。
 表で面会者の調整を行っている侍従に申し出ると、今日は現在謁見中の客でおしまいだったようで、少し待て、とのことだった。

 その客ももう帰る頃だったのか、待たされたのはほんの数分だった。
 先客が出て行った扉から、シンがひょっこり顔を出す。

 シンの顔を見て、国王ラオシェンは自ら立ち上がって出迎えた。

「我らが鳳王。また何か無理難題をお持ちですか?」

「ちょっと難題かも。今日、街で宿無しを見かけてね」

「なるほど、宿無しですか。頭の痛い問題です」

 どうぞ奥へ、と促す先は、一度廊下に出て隣の部屋になる会議室だ。
 謁見の間は玉座はあるが客人の席は用意されておらず、議論には向かない場なのだ。

 侍女に命じて紅茶と茶菓子を用意させ、ラオシェンは現状について詳しい説明を始めた。

 シンが国政に口を出すのは、これが初めてではない。
 鳳王が元いた世界、日本では、このフェンシャン王国よりも随分進んだ文明があり、国民が国政に興味を持ち、知識を深める機会が多数用意されている。
 そこで、文学部とはいえ最高学府で学生だったシンの発言は、なかなか興味深く、名案妙案が提示されることも多い。
 シンのアドバイスで制度変更になった政府事業も今では両手の指の数より多い。

 したがって、ラオシェンはシンを相手とした国政についての議論に、国王という立場に似合わず積極的なのだ。
 自分が支配する世界をよりよいものにしたいと願うラオシェン王は、きっと子孫たちに名王と崇められることだろう。

 国政に従事する右大臣に宿無し問題の現在の状況を説明させ、ラオシェンはシンの表情を見守った。

 シンは気に入りの黒板にチョークでメモを取っていた。
 書き消しできるこの道具は、何代も前の鳳王が便利だからと自分のために作らせたのが最初で、今では議事に欠かせない道具として一般に使われている。

 現在把握されているだけで、宿無しの数は国内に千人を数える。
 事業に失敗して借金を抱え無一文で家を失った者もいれば、両親と死に別れて親戚に引き取られずに路上生活を余儀なくされる子供たちもいる。
 未成人の子供であれば、施設で引き取るが、施設の数も十分ではなく、半数ほどは施設に入れずに路頭に迷っていた。

「わかっているなら、施設を増やせばいいのに」

「なかなか予算がつかないんですよ。わが国の財政はシン様もご存知でしょう? 今現在でもギリギリの財政です。養護施設は維持費だけでも大変な金額になります。気軽に増やせるものではない」

 国の予算には限りがあり、今現在でも収入と支出のバランスは丁度ギリギリ均衡を保っている。
 以前、財政の見直しにシンも手を貸したことがあるから、無駄な支出がすでに十分抑えられていることも知っている。
 これ以上支出を増やせば、赤字で国自身が破綻してしまうのだ。

 かといって、税金を増やすことは国民に負担を強いることになり、望ましいものではない。
 最終手段とするべきだった。

「その費用、自分たちで稼がせたら?」

「……は?」

 説明された内容に納得したシンの台詞に、ラオシェンは右大臣と顔を見合わせた。
 リャンチィも、驚いてシンを見下ろす。

「子供たちに働かせろと?」

「施設に入れない子供たちは、食い扶持を稼ぐために働いてるんだろう? 窃盗とか、安い賃金でアルバイトとか。だったら、施設内で製造業とかやって、子供たちを働かせればいいんだよ。窃盗なんかよりも真っ当な仕事だし、そこで仕事をすることによって、成人して施設を出ても職人としての技術が身についているから仕事に就きやすい。施設で働いていました、っていう国からの証明が出来るから雇う方だって安心だ。それに、運営費だって稼いだお金をそのまま当てればわずかな補助だけで足りるだろ? 新しい施設だって作れる」

「子供の手で作れるものであれば、可能ですね」

「それに、施設で製造したものを販売するルートには、民間の手を借りたらいいよ。直接施設の子供に売り子をさせるのでもいいけど、それより、民間の卸売りルートに流せば、そこに従事する人間が増えるから、雇用が増えるだろう? 大人の宿無しにも、仕事が回る」

 すべてを税金で賄おうとするから無理が出る。
 ただ人間を集めて収容する施設を作るのではなく、せっかく人間を集めるのだから彼らを使った事業を展開する方が無駄が少ない。
 自分の力で労働した見返りに寝床や食事が与えられるのであれば、ただ囲われるよりは子供たちの生きる気力も増すだろう。

 何事も、箱モノだけ作ってもうまくいかない。
 そこに何を収容し、何を実行するかが、成功の鍵なのだ。

「俺ね、刑務所でも同じだと思うんだよ。
 悪いことして監禁されるのに、三度の食事も寝床ももらえるなんて、随分優遇だと思うんだ。
 厳しい肉体労働を課すとかして、こんなにキツイ場所に二度と来るもんか、って思わせないと、再犯率は下がらないよ。犯罪者を国で保護してやるなんておかしいもの。
 市井の人たちがやりたがらない厳しい仕事を犯罪者にやらせて、仕事には報酬が発生するんだから、その報酬で刑務所を運営するべきだと思うね。
 で、今まで刑務所に割いていた予算を就職支援に当てて欲しい。特に宿無しとか、低賃金労働者の救済のために。ただお金を出すんじゃなくて、支援するのが、国のするべきことだと思う」

「しかし、犯罪者を刑務所外で働かせるにはリスクもあります」

「そのための監視員を増やせば? 人件費は増えるけど、雇用も増えるから宿無し問題に間接的に効果があると思うけど」

 シンの言うことは、理解できるのだろう。
 が、ラオシェンは右大臣と顔を見合わせた。
 リャンチィには、ラオシェンが渋っているように見えた。

 今回のシンの発案は、今までに比べれば特に突飛だとは言えない正論だとリャンチィも思う。
 そこに問題があるとは思えない。

 確かに、言うほど簡単に行くかと言われれば、その保証はないが。

「難しそうですね」

「難しいからと言って何もしなければ、状況は悪くなるばかりだよ。
 思うんだけど、この国の住民は、もとが一人の父親から始まっている全員が親戚だってこともあって、楽観的過ぎる。
 現に、宿無しは増えてるんだろう? 彼らに手を貸そうとする民もいない。ならば、国が動かなくちゃいけないんだよ。
 すでに国民は十万を越えた。それぞれが助け合っていくためには、号令をかける人間が必要なんだ。時には数十年をかけてゆっくり制度を定着させる必要だってある。
 貧しさは人の心を荒ませるよ。現状を放っておけば悪い方向にしか転ばない」

 わかるだろう?
 そう念を押されて、ラオシェンは頷くしかなかったらしい。
 が、時間がかかる上に、だいぶ大事業だ。
 専任で指揮を取る人間が必要だ。そこが、ラオシェンの迷いの原因だった。
 良い人選も思い当たらない。

 考えて見ます、とラオシェンが保留を申し出て、その場で決着のつく問題ではないと理解していたらしいシンは、簡単に頷いて引き下がった。





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