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再び現れた少年に伴われてやってきたのは、紺色の髪をした青年だった。
少年の格好や自分の姿から鑑みて、多分中世ヨーロッパ、と勝手に考えていた俺は、その姿に驚いた。
どう見てもそれは、中国の唐王朝くらいの王族が着るような、いかにも中国的な服装だったから。
ゆったりした袖の着物で、マオカラーと見える襟、柔らかな刺繍が施された胸当て、折り目正しい袴のようなズボンは膝のすぐ下で絞られて、これまた刺繍の施された脛当てに、しっかりした木靴。
ご丁寧に、キラキラと光物がぶら下げられた、前後に長い冠が頭上に輝いている。
その青年は、傍らの少年に何事かを言って下がらせて、一人で室内に入ってきた。
「お目覚めですね。ご気分はいかがですか?」
これって、俺はどういう反応をすれば良いわけ?
相手はどう見ても王族。俺は一般市民。だけど、俺ってそもそもここにいるべき人間じゃないし。
「大丈夫です」
うん。一応敬語にしておこう。
相手はその俺の返事に、満足そうに頷くと、そこの椅子を勧めた。
俺が突っ立っているのをちらりと見て、自分はさっさと座ってしまう。
「立っておられるとお疲れになりますよ。どうぞお座りください」
流暢な日本語で、彼はそんな風に言って、再び席を勧めた。
って、日本語!?
「はい? あぁ、ミントゥの言葉を聞いたからですね。えぇ。ここの言語は今私が話している言葉とは違うものです。母の言うには、どうやらそちらの世界で言う中国あたりの言語に似ているとか」
この言葉は母に教わりました、と彼は当然のようにそう説明した。
つまり、彼の母親は日本人ということだろう。
でも、今、そちらの世界、とあっさり言われたよな?
そんなに簡単に人が行き来できる場所なのか?ここは。
それとも、その母親も、俺のように突然飛ばされてきたって事?
この時点で、俺はもちろん、ここが日本ではありえない、って理解する程度には落ち着いていた。
だって、受け入れるしかないだろ。
外は西洋風、使用人も西洋風、なのに言葉は中国語チックだし、今目の前にいるのはどう見ても古代中国王朝の王族の人間なんだ。
ただし、そんな格好をしている彼自身の容姿はといえば、しっとり濡れた感じの紺の髪に漆黒の瞳、肌の色は真っ白で、すらりと背も高く、東洋人のずんぐりむっくりとは無縁な感じ。
その服装とはチグハグに見える。
けど、何か似合ってるから、この世界ではこうなんだろう、って無理やり納得。
失礼なのはわかっていてもその容姿から目を放せない俺に、彼はにこっと笑って見せた。
「申し遅れました。私の名はラオシェン。このフェンシャン王国の王です」
あぁ、やっぱり王様。
それはもう、見りゃ間違いようもない王族の衣装だし、それもかなり高位の地位にあることは間違いないから、覚悟もしてたさ。
おかげで、驚くよりも納得した俺だから、驚かれると思っていたのか、ラオシェン王は逆に驚いていた。
「驚かれるかと思いましたが。平然としていらっしゃいますね」
「その格好で、王様以外の地位を想像するほうが難しいでしょ」
なるほど、と頷いたのは、俺の言い分を納得したらしい。
ちょうど、ラオシェン王が頷いたのと同時に、部屋の戸が叩かれ、ワゴンを押したさっきの少年が姿を見せた。
その上に乗せられた茶器は、それもどう見ても中国茶器。
どこまでが西洋風でどこまでが東洋風なのか、良くわからない。
部屋の作りは、どちらかといえば北欧チックだし、でも生活に使うこまごまとしたアイテムは東洋風で、服装はどっちも使われている。
マオカラーなのはすべてに共通なんだな、王様も少年もそうだから。
ゆっくりと入ってきた少年は、このテーブルまでワゴンを押してくると、手際よくお茶の準備を始めた。
中央に置かれた茶菓子が月餅で、やっぱり文化が良くわからない。
「彼はミントゥといいます。フェンワン付の侍従となります。身の回りのお世話をさせていただきます」
「ミントゥ、です。よろしく、おねかい、いた、します」
茶を淹れる手を休めて、ミントゥと名乗った少年は、ぺこりと頭をさげた。
っていうか、それはまぁ、手伝ってもらえるなら助かるけど。
ここじゃ右も左もわからない。
けど、その前に。
「フェンワンって?」
「貴方のことです、フェンワン」
「いや、俺の名前は晋作で、フェンワンではないし。人違いじゃない?」
おっと。
思わずタメで話しちゃったよ。
まぁ、ラオシェンは全然気にした風ではないけれど。
「いえ、お名前ではなく。私が王であるように、貴方はフェンワンです」
「役職の名前、ってこと?」
「お立場の名前です。まぁ、あまり違いはありませんね」
にこり、とまた微笑んで、ラオシェンはミントゥが用意した茶器に手を付けた。
真似して一口口に含むと、烏龍茶に近い独特の風味が口の中に広がった。
知っている味だから、ほっとする。
ミントゥは、空になった急須に湯を足し、急須と湯の入ったポットをそこに置いて、ワゴンを押してまた部屋を出て行った。
と、扉を開けたところでガチャンと派手な音がして、俺とラオシェンは顔を上げてそちらを見た。
向こうではミントゥが、早口で何事か謝っている。
言葉はわからないけれど、慌てている様子は良くわかった。
どうやら、ワゴンをその目の前にいた人にぶつけてしまったらしい。
ぶつけられてしまった人らしい手がちらちらと見えるが。
ペコペコと頭を下げて出て行くミントゥの代わりに、その人が扉の向こうに姿を見せた。
顔を見て、驚いた。
「叔父さんっ!?」
それは、俺が小学生だったときに一度会ったきりの、母方の叔父だった。
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