護衛官のお仕事 1
リエシェンの突然の事故死は、弟であるリャンチィの人生に大きな変革を与えることとなった。
母が父と親子ほども離れているせいもあって、リャンチィと兄との年齢差は二十近い。
なにしろ、父が王位を退いてから、我が世の春とばかりに励んだせいの末息子だ。
確かに、働き盛りの四十代で仕事を追われたのだから、仕方が無いといえば仕方が無い。
十五歳で成人してから、まずは見習士官として国衛軍に入隊し、武芸の優秀な成績を認められて親衛隊に入隊したのが十七歳の時。
それからも精進を怠らず、いつの間にか副隊長の肩書きを得ていたリャンチィだ。
その彼に、リエシェンの後を継いで王位に座ったリエシェンの長男、ラオシェンは、深々と頭を下げて言ったのだ。
「私の鳳王の護衛官を引き受けていただけないでしょうか」
腰が低いのは誰に対してもそうなのだが、そこまで低姿勢で頼まれては、人として嫌と言えないのが人情というものだろう。
鳳王の護衛官といえば、一人の鳳王につき一人しか任命されない特別な役職だ。
それ相応の栄誉もあり、親衛隊長とも肩を並べる肩書きではある。
だが、それに任命されるのに武芸の才能は二の次で、まずは王位に近い血筋にあり、軍部に所属していることが優先されるものだ。
それこそ、王に近い出自でさえあれば下士官でも構わない。
副隊長に任ぜられてそれなりの腕前を評価されてきたリャンチィにとっては、あまりありがたくない肩書きなのだ。
しかし、鳳王といえば国の守り神。
その人を護衛する任務を下手な人間には任せたくない。
親衛隊の副隊長であったという経歴は、新しくやってくる鳳王も安心させられるだろう。
それに、他に適任もいないのだ。
ラオシェンの弟は揃いも揃って学府に進んでしまい、軍部に属する王族で一番上位なのがリャンチィなのだから。
そういったわけで、リャンチィはその腰の低い王の願いを渋々受け入れたのだった。
渋々受け入れた、はずだった。
リャンチィが、嬉しい誤算に胸を弾ませたのは、次の日のこと。
ラオシェンの召喚の儀式に呼び出された新しい鳳王シンは、先代鳳王ユウに良く似た小柄な青年だった。
漆黒の髪に黒い瞳、少し痩せ気味の身体は意外と締まっていて、明るいユウと対照的に少し冷めた視線が大人っぽさを演出していた。
一目惚れだった。
ユウに直接育てられたリエシェンの子供たちは、新しい鳳王と話が出来るようにと日本語をマスターしていたが、すでに王位を辞した父と若い母と、王都郊外の離宮で育ったリャンチィには、片言しかわからない。
それなのに、日本語のわかる彼らよりも、片言しかわからないリャンチィと積極的に会話をしようとするのだ。
使用する文字が漢字で、筆談ならある程度通じるとわかってからは、身振りと片言の日本語と漢字の読み書きで。
片言だから面白い、と言い切れる彼は、好奇心旺盛なたちなのだろう。
翌日には正式に護衛官として任官を受け、あっという間にシンはリャンチィに懐いた。
今度は、片言のフェンシャン語でシンの方から話しかけてくる。
勉強中の新しい言葉の練習台なのだろうが、たどたどしい言葉を話す彼が、あまりにも可愛く、抱きしめたくなる衝動を抑えるのに苦労したものだ。
同い年だというシンは、確かにこの世界の人間に比べて博識ではあるが、時々子供っぽい表情を見せることもあり、そんな時には思わず子供に接するような態度で甲斐甲斐しく接してしまう。
リャンチィは、自分よりも大人っぽい雰囲気と、自分よりだいぶ幼い雰囲気の両面を持つ彼に、日を追うごとに惹かれていった。
一度任官されれば、どちらかが死ぬまで、もしくは鳳王が解雇を命じるまで、常に共に行動することになる。
つまり、彼の不興を買うことさえなければ、一生を共にする間柄だ。
その立場に、感謝すら覚えるようになったのは、任官から半年も経った頃だっただろうか。
もともと好奇心旺盛だったシンは、半年で言葉を不自由なく使えるほどに覚え、親衛隊の面々から尊敬されるほどの武術の腕前を披露していた。
さすがユウ様の甥御だ、と言われるようになってしばらくして。
ユウ様誘拐事件が勃発した。
表向き、この国の神話を正しく知らない他部族が、鳳王とこの土地を奪いにやってきた、と公表されたが、その実は、王族内部での反乱のようなものだった。
あまりにも恥ずかしすぎる動機に、関係者は揃って口をつぐんだものだ。
なりゆきとはいえ、ラオシェン王の暴走を止めるため自ら穢れを負う決心をしたシンの潔さに、リャンチィは改めて惚れ直した。
優しい雰囲気も思慮深さも必要に応じて冷酷さを見せる部分も男らしい潔さも。
シンの魅力は本当に、語りつくせない。
事件後、リャンチィとシンは改めて思いを告げあい、二人の片想いを両想いへと昇華させることとなった。
過去、鳳王がこの国の人間と結ばれることは何度かあったが、護衛官との交際は初めてのことだったはずだ。
こんなに近くにいるんだから自然の成り行きなんじゃないの?とシンは驚いていたが。
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