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 いつの間にか、元の世界のことなんて忘れてたなぁって、気付いたのはそれからさらに半年後のこと。
 つまり、突然こっちの世界に引っ張られて、わずか一年で、元の生活を忘れ去ってたわけ。
 俺の順応力ってすごいかも。

 いつもと代わり映えのしない日々だけれど、それが平和な証拠だ。
 勉強の時間の代わりに、俺は自分の仕事を二つ作り、夕方には親衛隊のみんなと武芸の稽古で汗を流す。

 平和だといっても、いつその平和が乱されるかわからないし。
 運動不足は万病の元だ。

 あの事件で、俺自身がこの世界にすっかり順応していることが周知の事実と認められてから、叔父は俺の教育を放棄した。
 週一回のトンファン先生とのお茶会はそのままだけれど、それ以外にわざわざ勉強の時間は割り当てられていない。

 そうして空いた時間を、俺は二つの仕事に費やしている。

 一つは、技術開発。
 カメラを、作ってみようと思ってね。
 そもそもこの世界にはまだ望遠鏡のような道具が発達していないから、そこから着手しているところ。
 この国にはたくさんの景勝地があって、被写体には事欠かない。
 それに、物的証拠を紙に写し取って保存しておける便利さは、そろそろ必要だろうと思うんだ。

 さすがに、カメラが趣味だったから、カメラの仕組みなら任せとけ、ってレベルだしね。
 それを実現するために、この世界の道具をいかに使うか、が俺の命題なわけ。
 で、一番にすべきことが、レンズ技術の向上。

 そして、もう一つの仕事が、これ。

「じゃ、行って来るね」

 一日おきに、俺は行政府と王宮のちょうど間くらいにある謁見の間に顔を出し、ラオシェンにそう挨拶をする。
 当然のように、俺の隣にはリャンチィの姿。

 ラオシェンは、誰と会っていても、そのときだけは話を中断して、俺たちに視線を向けてくれるんだ。
 そして、毎回同じように送り出してくれる。

「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」

 半年も続けていればすでに国内全域に知れ渡っていて、国外からやってきた客でない限り、見送りにはそこにいる全員が来てくれる。
 すでに、儀式化しているくらい。

 謁見の間から横に出ると、廊下の先は中庭で。

 両手を広げて、ぱさりとひと羽ばたき。

 恋人を背中に乗せて、空中散歩にお出かけ。
 国中を、空からパトロールするんだ。

 大好きな人が生まれ育った、俺の先祖が存在自体をかけて守った、愛すべき国だから。

 神々に楽園を追われた罪人の牢獄だとしても。

 今日も明日もずっと未来まで、平和でありますように。
 俺が貢献できることなんて、このくらいだしね。

 見守る国王の優しい視線に見送られ、背中に愛しい人の熱を感じて。
 高く澄み切った青空に、虹色の翼を羽ばたかせて、飛び立つ。

 ここは、鳳王の祝福を受けた平和の牢獄。
 俺の、生きる場所なんだ。



おしまい





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