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 謁見の間を出て、俺はまっすぐ王宮の自分の部屋へ向かう。
 叔父は自分の護衛官を見舞うため、真っ先に医務室に向かっていったし、レンシェン様はラオシェンと話があるらしい。
 俺は別に、そこにいてやるべきこともないしね。
 それに、初めてで二回も空を飛んで、それなりに疲れてもいたんだ。

 部屋に戻ると、ミントゥがすぐにお茶の用意をしてくれた。
 リャンチィもいつも通り戸口に陣取るから、ちょいちょいと手招きする。

「一緒にお茶しよ?」

「しかし……」

「俺の護衛でしょ? だったら、俺の側にいれば良いじゃない、わざわざ戸口に立たなくても」

 俺がリャンチィを呼んだことで、ミントゥも手際よくお茶を二人分にしてくれる。
 本当に、良く出来た侍従だと思う。侍従にしておくのがもったいない。

 お茶まで用意されて、俺の命令を断るわけには行かないと覚悟を決めたらしい。
 はい、と渋々頷いて、こっちに近づいてきてくれた。
 入れ替えに、ミントゥが部屋を出て行く。

 今日のお茶菓子は、胡麻団子。
 ホント、ここの料理長は腕が良いんだ。
 なんでこんなに美味しいのかな。

 一緒のテーブルに呼び寄せたものの、疲れてて喋る元気も無くて、俺はただ黙ってお茶をすする。
 リャンチィも口数の多いほうではないから、自然と二人の間には沈黙が流れた。

 俺も別に喋るのが好きなわけでもないし、ただ大人しくまったりするのも嫌いじゃないから、ここぞとばかりにぼやんとしてしまう。

 しばらくして、リャンチィが顔を上げ、俺を見る。
 強い視線を感じたんだ。
 何か言いたいらしいけれど。

「シン様」

「……ん?」

 正直言うと、まったりしすぎて居眠りしそうになってたんだ。
 話しかけられた条件反射で返事していたけれど、その実、人の話を聞ける状態じゃなかった。

 けどね、すぐに目が覚めたよ。
 それだけ、リャンチィの言葉は重要発言だった。俺にとって。

「何故、私だったんですか?」

 何が?って、聞く必要はないよね。
 今このタイミングで聞くことなんて、一つきりだ。

 でも、とぼけることにしたよ。
 振られるのは、一秒でも先の方が良い。

「何が?」

「昨夜のことです。私などを相手になさらずとも、シン様をお慕いしている女性はたくさんいたでしょうに」

「……急いでたから。ごめん、イヤだったよね、男を抱くなんて」

 ホントにごめんね、って。
 それしか言えなかった。
 顔どころか、彼の手元すら見れなくて、目を閉じて俯いて。

 その俺に、リャンチィはしばらく反応しなかったけれど。

「イヤだったわけではないんです。いえ、むしろ私を選んでくださったことが嬉しかったくらいなんですが。本当に私で良かったのかと心配だったので」

「本当? 気持ち悪いって思ってない?」

「何故、私がそのようなことを思うと、お思いになりますか。こんなにお慕いしているというのに」

「……え?」

 今、何て言った?

「俺を?」

「はい。シン様を、お慕いしておりました。昨夜は箍が外れてしまい申し訳なく思っております。今日もお元気そうでしたから、傷つけてはいなかったようで安心しました」

 なんだ、伝わっていたわけではないんですね、だって。
 すごく残念そうにそう言われてもね。
 ちょっと待ってよ。俺、片想いだと思ってたのに。

「昨夜一晩だけでも、貴方をこの腕に抱きしめることができて、非常に嬉しく思っていました。もしやシン様も私を想ってくださっているのではないかと、都合の良いことを考えてしまうほど」

「好きだよ?」

 都合が良いなんて、言わないで。
 ちゃんと気持ちを告げないで勝手に諦めた俺が悪いんだから。

 こうしてちゃんと気持ちを教えてくれたリャンチィに、俺は泣きそうになってしまった。
 っていうか、実際目元がウルウルしてしまって、慌てて目元を拭う。

「好きだよ、俺も」

「……シン様? 泣いていらっしゃいます?」

 俯いている俺の顔をわざわざ覗き込んでくるんだから。
 そんなことされたら涙も泣き顔も隠せないじゃない。

「ごめんね、俺がはっきりしなかったからいけないんだよね」

「いいえ。いけないことなどありません。良かった、無理をされたわけではなかったんですね」

 自分の方こそ、勝手に利用されたのに怒りもせず、俺を気遣ってくれる。
 リャンチィの優しさが、かえって胸に痛いくらいだった。
 俺が臆病だったせいで、二人して遠回りをしてしまったんだ。
 ちゃんと告白して、お願いしていれば、昨日のうちに二人ラブラブになってたかも知れないのに。
 余計な心配をさせてしまって。

「シン様」

 気がつけば、リャンチィは音も無く立ち上がって俺の隣に来ていたらしい。
 床に膝立ちした彼に横から抱き寄せられる。
 肩に頭が当たって、俺も彼の背中に両手を回して抱きついた。

「愛しています」

「俺も。貴方が好き」

 強く抱きしめてくれる力強い腕に支えられて、俺はぎゅっと抱きついた。

 叔父を誘拐されたことも、国民を巻き込みかけた大事件も、好きな人に想いを告げないまま抱かれてしまったことも、この民族の本当の歴史も、空を飛ぶことも。
 いろんなことが立て続けに起こって、混乱しながら対処療法的に対応してきたけれど、思い返せばそれぞれが俺にストレスを掛けていたみたいで、抱きしめられて泣き出したら止まらなくなってしまった。

 そんな俺を、何で泣いてるのかなんてわからないはずなのに、ただ抱きしめて泣かせてくれる彼に、やっぱり好きって実感して。

 背後で戸が開いて閉まる音がしたから、きっとミントゥが来たんだと思うんだけど、離れることはできなかった。





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